人の数だけアートがある! 芸術に対する思いは人それぞれ。藝大アートプラザでは、アートとは何かをさまざまなアーティストたちに尋ねることで、まだ見ぬアートのあり方を探っていきます。
どこか懐かしい風景、金属を素材としながら温かみを感じるオブジェ。
手のひらに収まるサイズの優しい作品で注目を集めるアーティストの長南芳子さん(ブランド名:穀雨[こくう])に、自らのアート観について、これまでの活動とともに伺いました。
手仕事への興味は幼少期から
―― 藝大を2000年に卒業され、現在はアトリエ兼ショップを谷中に構えられています。もともと手仕事がお好きだったそうですね。
長南:はい。子供の頃からものづくりや読書が好きだったのですが、それと同時に伝統工芸的なものへの憧れもあったんです。子供の頃にテレビで観た、全国各地の職人の手仕事を特集した番組がすごく印象に残っていて、毎日こつこつものづくりをして過ごすような暮らしがしたい、という思いがありました。
藝大でも、やはり自分の手でものづくりがしたいという思いから工芸科を選び、専攻別のカリキュラムになる2年次で鍛金を選びました。金属の良い点は、割りとやり直しが利くということですね。もちろんそれができないものもあるのですが、作業に取り掛かる前から完璧なイメージを描いてつくり始めるタイプではないので、手を動かしながら考えたたりイメージを作り上げたりしていくような工程が自分には合っていると思って。
学生時代は与えられた課題をこなす日々で、道具作りに始まり、道具を使って銅板を曲げる、それを立体的にしていく、といった技術習得についていくので精一杯という感じでしたね。
「自分は何者なのか」を問い始めたナポリでの時間
—— 卒業後はどのような道をたどられたのですか。
長南:同じく藝大出身の夫がイタリアのナポリに留学することになったので、アルバイトでお金を貯めた後、それについていったんです。ついていったとは言え、向こうですることもないので(笑)、「何もしていない」時間がかなりありました。
でもその中で「自分はこういう人です」と自己紹介できるようなものを、自分は何も持っていないということに気づきました。そこから何かをつくろうと改めて考えたとき、やはり手に取ったのはなじみの深い金属でしたね。この頃からオブジェもつくったり、友人の依頼を受けたりし始めましたが、振り返ると、ナポリで見た風景が今の作品のイメージに繋がっていることも多くて、遊んでいた時間も役に立つんだなあと(笑)。
それからクラフトフェアという、いろいろなジャンルの作り手たちが参加・販売する形式のイベントに参加したり、ショップでの展示に声をかけていただいたりといった感じでした。
ほとんど手探りで発表の場を得ていったのですが、「New Jewelry TOKYO」などで刺激をもらうことも少なくありませんでした。ジュエリーを手掛けていると言っても、もちろん自分ですべて制作する人もいれば、デザインした後の制作はすべて職人さんに依頼している人もあって、自分にはそういう視点がなかったので、アーティストとして生きていく、生計を立てるという意味では卒業後に一から学んでいったように思います。
6年前、アトリエ兼店舗を東京・谷中銀座の中に構えたのですが、これは二人の子供たちがきっかけの一つにもなっています。いろいろなところにポップアップを出させてもらうのもありがたかったのですが、仕事とプライベートを両立させる必要があり、長い目で見て持続・維持していける制作スタイルに変えようと考えて、自分のペースで制作できる現在のアトリエ兼ショップのスタイルになりました。
結果として、常設のショップを置くことで、イベントの場のみではない、お客さんとの継続的な関係や信頼関係を築くことができたように思います。これまで以上にお客さんの顔というか、具体像が思い浮かぶようになったことは制作にもプラスになっているように感じます。
どこか遠くにある街の、名もなき風景
―― 穀雨さんの作品、とりわけオブジェは「どこか遠くにある街の、名もなき風景」をテーマに、物語が付されているものがあります。ストーリーやコンセプトはどのようにして設定しているのですか?
長南:私はコンセプトをきっちり決めてから制作を始めるということはあまりしていなくて、まずは子供の頃に読んだ本から膨らませた想像や、旅の思い出など、大切にしている風景や感覚をもとに形やテーマを決めています。手を動かしつつその感覚を煮詰めていったら一つの街になった、というイメージですね。つくりたいものの集合体がたまたま一つのコンセプトになった、という感じ。
これは後から気づいたことなんですが、幼い頃、この安野光雅さんの「旅の絵本」が大好きで。読みながら描かれていない絵本の外側や建物の裏側などを自分で空想していたんです。あらためて考えてみると、この絵本が作品のモチーフというか原風景だったなと。ナポリのインパクトも大きかったのですが、いや違うぞ、こっちだな、と(笑)。いまこの絵本はショップにも飾っているのですが、お客さんが目にして「私もあの絵本が大好きでした」とおっしゃる方もいます。
想像上の街を「見たことがある」と
——アーティストとして作品づくりを続ける中で、印象に残っていること、大切にしていることはありますか。
長南:オブジェをつくり始めて14年になるのですが、以前出店したイベントでお客様からコメントをいただける機会がありました。どなたもさまざまな思いで作品を手に取ってくださっていることがわかり、それらはいつも大切に見返しているのですが、ある方が、「穀雨のオブジェを、いつも仕事のかばんに入れて持ち歩いている」と書いておられました。嫌なことがあっても、このオブジェを見れば「自分には自分だけの世界があること」を確認できる。自分にとってこのオブジェは「これがあれば大丈夫」と思えるお守りのようなもの、と書いてくださっていて。
そんなに大切にしてくださっていることがうれしかったですし、その人だけの世界の入り口にしてもらっていることが、なにより嬉しくて。私も最近真似して持ち歩くようになりました。
——自分だけの世界や物語がある、というのは、人間の生きる力の一部なのかもしれませんね。
長南:そうですね。オブジェは、私も行ったことのない「どこか遠くにある街」なのですが、「これと同じ風景を見たことがある」と言われることもあって、それがおもしろいですね。誰かの心の中にある光景と私のつくった作品がリンクする、根っこでつながっている、不思議な感覚なんです。
オブジェを購入していただいた方には、物語のカードを添えてお渡ししているのですが、ショップにいらしたお客さんに「これはこんな物語で〜」と説明していたら、「その物語ごと、欲しい」と言われることもあります。
私のつくるオブジェはどれも5センチにも満たない小さなものなのですが、このサイズ感にしているのも、オブジェに顔を近づけていきながら、その世界に入り込んでいくような感覚が好きなんです。ディスプレイとして設置することはありますが、作品として人間はつくっていません。人を置いてしまうとそれで世界観が決まってしまうじゃないですか。想像の余地を残すために人はあえて置かず、受け取り手に自由にオブジェの中の世界を楽しんでほしいと思います。
―― アートとは何か、と聞かれたらどう答えますか?
長南:私にとって、アートは「シェアする行為」だと思います。つくったものを誰かが見て、そこから想像される世界をシェアする。そこまで含めて、「アート」なんじゃないかなと。
自分の想像した世界が、誰かの想像した世界とつながるという感覚はアートにしかできないことだと思いますし、みんなが好きそうなもの、最近人気のものをかたちにしようとするのではなく、むしろ自分の「好き」を深く突き詰めていくことで、誰かの「好き」と深くつながれるんじゃないか、と思います。
【長南 芳子(ちょうなん よしこ)】
東京藝術大学工芸科で鍛金を学ぶ
2008年 空想の街をテーマとしたオブジェとアクセサリー制作を始める
2017年 東京/谷中にアトリエショップ穀雨をオープン
同年 マリッジラインをスタート
心に響く情景をジュエリーやオブジェを通し形にしている
【穀雨】
所在地:〒110-0001 東京都台東区谷中3-12-4 HATSUNE-AN 1F
電話番号:03-5834-2432
営業時間:月〜金 / 11:30-16:00
土日祝(不定期オープン) / 11:30-17:00
website :https://kokuutokyo.com/
Instagram: https://instagram.com/kokuutokyo/