アートの原点は「承認欲求」! 闘病の先に見つけた生きる喜び【岩田駿一氏インタビュー】

ライター
藝大アートプラザ編集部
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人の数だけアートがある! 芸術に対する思いは人それぞれです。藝大アートプラザでは、アートとは何かをさまざまなアーティストたちに尋ねることで、まだ見ぬアートのあり方を探っていきます。

東京藝大出身のアーティスト・岩田駿一さん(写真)は、独特のテイストでコアなファンを数多く集める注目の若手作家。岩田さんのクリエイティビティの源泉について、話を伺いました。

自分の作品を「とにかく皆に見てもらいたい」

——早速ですが、Tシャツが斬新ですね(笑)。これもご自身の作品?

岩田 はい、自分でつくりました。受験生のとき、3年ほど浪人して武蔵野美術大学に入学しました。予備校にいたときは、自分の作品を人に見てもらう機会がなく、鬱屈とした日々を過ごしていたんですね。そのせいか、武蔵美に入ってからは承認欲求が一気に高まり、「とりあえず誰かに絵を見せたい!」という思いでした。

画廊を借りると高額ですし、友達もあまりいなかったので何人かで借りるという選択肢もなくて。もっと手っ取り早く自分の作品を人に見せるには、と考える中で、Tシャツに絵を描いて街中を練り歩くことを思いつきました。以来、自分で絵を描いたTシャツをほぼ毎日着ています。

——とにかく自分の絵を誰かに見せたかったんですね。

岩田 はい、やっぱり描いた絵は人に見せたいので。承認欲求の塊です(笑)。

ただ大学の講評会に出すと、教授からは「早く『美術』をつくったほうがいい」と言われて、「ああ、Tシャツは『美術』ではないんだ……」と。自分の中では、Tシャツが美術であるとかないとかという境界線はなく、ただ「絵を見てもらいたい」という思いだけだったので、「見る人によって捉え方は違うんだな」と、物事を少し客観的に捉えるきっかけになりました。

そのころは油絵に所属していましたが、シルクスクリーンをやってみたいと版画科に転科しました。東京藝術大学でも版画を続け、修了時に「居間を生きる」という作品を作りました。Tシャツに絵を描いてもアートではないのなら、Tシャツを版にして、紙に絵を写し取ったらどうなるんだろうと。

逆転の発想というか、そんなふうにしてバッグやギターなど、リビングにあるものになんでも絵を描いて、それを版にした版画集が「居間を生きる」です。だから、私にとってアートとはと聞かれたら、「生活」と答えると思います。生活の糧でもあるし、生活の一部でもあるという意味を込めて。

一歩踏み込んだほうが面白い

——大学院を卒業し、現在はアーティストとして活動されていますね。

岩田:週に何回か予備校に教えに行っているんですが、それ以外はアーティストとして活動しています。器を作ったり、机やいすを作ったりしているのですが、それも初めはとにかく作品を見てもらいたいという思いだけでした。

——現在の作品を見ると、版画のカテゴリからはかなりジャンプしているように見えます。

岩田 自分としては版画は印刷技術の一つだと思っていて、アートというより、リトグラフ、書籍、図鑑などの印刷物との相性がいい手法だと思うんです。

でも、あまり自分の中に「アートとは何か」という問題意識や批判があったり、見る人に何かを問いかけたりしたいという思いがあるわけではなくて、単純に「変なTシャツを着て歩いていたら面白いんじゃないかな」と思っているだけです。
とはいえ、人前に出て面白いことを言えるタイプではないので、気になる人を絵に描いて、それをその人の目につくところにそっと置いておいて、その様子を陰からニヤニヤして見ているというタイプです(笑)。

——今日も取材に来る私たち全員の似顔絵をわざわざコースターに描いていてくださって。岩田さんのアートへのモチベーションは、「サービス精神」のようなものと相まっているんですね。ちなみに、承認欲求は学生時代よりだいぶ収まってきたんでしょうか。

岩田 いえ、どんどん増しています(笑)。大学院を出た後、さまざまなアーティストとグループ展などもさせてもらっているんですが、アーティストの中には自分のスタイルや作風にこだわって、「展示に合わせた作品はつくらない」「ギャラリーによって作風を変えることはしない」という方もいるんですよね。それが悪いとは思いませんし、むしろすごいことだと思うんですが、僕の場合はギャラリー側に自分の作風を寄せていくのも面白いんじゃないかと感じるんです。

たとえば、藝大アートプラザで展示してもらえるなら、「今回はアートプラザのロゴも描いちゃおうかな」というふうに、展示する場所や関わる相手に合わせるようにしています。自分からギャラリー側に寄せていくというか、「ギャラリーに一歩踏み込んだほうが面白いんじゃないか」と思うことがあります。

頼まれてもいないものを描いて「うれしい!」と言ってくれたりすると、それから何回も描いてしまうし、「もういいです」と言われるくらい、相手には絵でしつこく踏み込んでいきたい(笑)。

個人的に親しみを感じる人がいると、どうしても描きたくなるし、相手との関わりの中で創作意欲が湧くというか、自分の「うれしい」という気持ちが作品に出てしまう気がします。



自らの作品や購入した作品も含め、岩田さんの自宅兼アトリエには、さまざまなアート作品が所狭しと飾られている。

「明日本当に死ぬかもしれない」

——一方で、大学時代の作品を見ると現在の作品よりも少し暗い雰囲気があって、ニヒリズム的な感じがありますね。

岩田 どこか孤独で寂しい感じですよね。実際、当時はこれからどうなっていくんだろうといった漠然とした悩みがありました。公募展に出せるようなものはできないし、自分の中にモデルケースがない気がして悩んでいた時期でした。

大学院を出た後も「art award tokyo marunouchi」のコンペで卒業制作を出しましたが、まったく引っかかりませんでした。その後も鳴かず飛ばずで、この先どこへ作品を出せばいいのか思いつかないほどでした。

学生時代の作品

そうした中でコロナ禍に入り、予定されていた展示もなくなる中で、昨年4月に肺の近くに腫瘍が見つかったんです。医師には5年先の生存率まで告げられ、これからがんばろうと思っていた矢先のことだったので、目の前が真っ暗になった気持ちでした。

たとえ治療が無事に終わったとしても「そのときには美術界に自分の居場所はなくなっているんじゃないか」「この先どこからも声がかからずに死んでいくのでは」という不安も襲ってきて、入院中にも関わらず病室からSNSで必死に作品画像を投稿していました。

でも、実感として「明日本当に死ぬかもしれない」と思うと、なぜか気持ちがハイになってきたり、不思議と笑えてくるんですよね。そんなふうに感じていたとき、藝大アートプラザの方から「展示をしてほしい」という依頼を頂いて、僕はそれがすごくうれしくて、退院したら一生懸命作品をつくろうと思ったんです。

結果的に、胸に見つかった腫瘍は、その後幸いにも心配しなくてよい種類のものであることがわかりました。ありきたりな言葉かもしれませんが、以来「生きること」がすごく楽しくなってきて、普通に生活できることの喜びを強く感じるようになりました。

そうなると「椅子に座れる」とか「コップで水を飲める」といった生活そのものがありがたくて、「生活することをアートにしたい」とあらためて思ったんです。以前よりももっと、人間が好きになったし、いまは人を描きたいです。その意味で、病気になってよかったとさえ感じるようになりました。

絵が集まって日用品になるというコンセプト

——そうしてみると、今の作品には「生きる喜び」のようなものが感じられる気がします。たとえばあのスツール(写真下)は、岩田さんの「作りたい!」という思いが伝わってきます。

岩田 このスツールは闘病中につくったもので、当時は遺作になるかもしれないと思っていました。やっぱり自分は身の回りのものを作品にしたいと思うんですよね。このときは服と器とスツールをつくろうと思ったんです。

スツールに絵が描いてあるのではなく、絵がスツールになっているという感じが自分の発想の原点なんです。たとえば、この器も、器に絵を描いているのではなくて、「絵が集まって日用品になっている」というふうにしたい。いつかは、絵が集まって家が建てれたらなと思ったりもします。

これからどうなるのか分からないですが、作品を作るのも、こうやっていろいろな人と関わらせてもらうこと自体がすごく楽しくて、今が本当に絶好調という感じです。

(文・写真=安藤智郎 Text and photos by Tomoro Ando)

岩田さんの作品が買える

岩田さんが手掛けた一点ものの作品が買える藝大アートプラザ「LIFE WITH ART」のコーナーについては、こちらをご覧ください!

プロフィール


【いわた・しゅんいち】
1990年 千葉県出身
2015年 武蔵野美術大学油絵科版画専攻 卒業
2018年 東京藝術大学大学院油画科版画専攻 修了
@shunichiiwata

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