各地に伝わる昔話を現代アートに表現する。描き出される「人間の本質」とは【吉田樹保氏インタビュー】

ライター
中野昭子
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アーティストインタビュー インタビュー

人の数だけアートがある! 芸術に対する思いは人それぞれ。藝大アートプラザでは、アートとは何かをさまざまなアーティストたちに尋ねることで、まだ見ぬアートのあり方を探っていきます。

今回お話を伺うのは、藝大の美術学部絵画科油画出身の吉田樹保さん。強さと弱さ、無邪気さと毒々しさ、シリアスとポップといった複数の要素を併存させた絵は、一度見ると忘れられないインパクトを放ちます。

お話を伺うと、濃密で知的なコンセプトと、制作や調査にかけるエネルギーが伝わってきました。

吉田さんの作品を展示・販売している企画展「藝大動物園 Welcome to the art zoo!」(2024年3月23日〜5月26日)については、こちらをご覧ください

「新訳風土記集」と題したシリーズを手掛ける理由

――企画展「藝大動物園 Welcome to the art zoo!」(2024年3月23日〜5月26日)に出品いただいた作品について、教えてください。

吉田:今回出展したのは、各地の昔話を絵で表現した「新訳風土記集」シリーズの3番目「新訳風土記集 其ノ参 観月峠」の中の1枚です。

この作品の下敷きとなっている昔話は私の創作なのですが、こういうお話です。

昔、村に住む少女が、牡の仔牛をかわいがっていた。牛は立派に成長し、ある夏、人間の青年に姿を変える。
二人は激しい恋に落ちるが、少女の世話のお陰で立派に成長した牛=青年は町に売られることになった。年頃になっても牛にばかり執着していた少女は、心配した両親に見合いをさせられそうになる。
そして牛が町へ運ばれる日、絶望した少女は崖から身を投げる。

―― とても悲しいお話ですね。一方で絵の中の二人(?)は、とてもかわいく描かれています。

吉田:二人には名前を付けていて、ウサギは「月子ちゃん」、ウシは「テルくん」といいます。油絵の具で描いた背景の上に、あえてアクリル絵の具で二人を描くことで、狂気の愛に陥っている彼らが世界の中で「浮いている」かのような異質な存在であることを強調しました。

―― 各地に伝わる昔話を、そうしたテイストで描く意図はどこにあるのでしょう?

吉田:コンセプトは「インタラクション(相互作用)」です。この言葉は「二つの異なるものがアクションし、何らかのリアクションが生じる」といった意味で、私は「人間が社会や自然と関係し合う」という意図で使っています。関係性によって生まれるものや見えてくるものをコンセプトにしています。

そうしたコンセプトのもとで、この作品をはじめとする「新訳風土記集」シリーズは、「昔話や風習」をモチーフに、「文化の継承と変異」をテーマに描いています。各地に口伝だけで伝わっている昔話に以前から興味があって、昔話は感情を排した単純な筋立てになっていますが、語り手がアドリブを入れて聞き手が飽きないように枝葉を付け加えたりすることもあります。

「新訳風土記集」シリーズも、私が少女をウサギにするといった脚色を加えています。これって、昔話が人から人へ伝わっていく過程で少しずつ変容していく様子と重なるように思うんです。

また、昔話は必ずしも語り手の語りたいことが聞き手に伝わっているわけではありません。一方で、絵画も仮に制作者が何らかの意味付けをして描いても、鑑賞者がそれを別のイメージとして捉えることもあり得ます。発信側の伝えたいことがそのまま伝わるわけではないという意味で、昔話の語り手と聞き手、絵の制作者と鑑賞者の関係性は共通しています。

私はむしろそれが継承・伝播の本質なのだと思うんです。「何かを残して、伝えていく」という営みにこそ、人間の本質や業が現れると考えて制作しています。

各地の昔話をフィールドワークで採集

――そうした昔話を採集しに、フィールドワークも行っているそうですね。

吉田:はい。文献を調べて、話が伝わっている土地に行って取材をしています。特に新潟県の佐渡では、たくさんのインスピレーションを得る昔話が多く残っていて驚きました。

観月峠の元となった昔話の発祥の地である佐渡へ取材に行きました。佐渡では、昔話の語り部の方々が活動されており、由来のある場所を一緒に巡りながら、その場で多様な昔話を語って下さいました。現地の方々から、その土地独特の風習や昔話、伝承を直接伺うことで、本を読むだけでは得られない迫力や活気を感じることができます。

新潟県佐渡市でのフィールドワークの様子。日本一大きな杉の切り株、太郎杉が保存された展望台にて。(画像:本人提供)

私は「土地」から学べることがたくさんあると思っていて、学部生のときの卒業制作では「新訳風土記集 其ノ伍 唐櫃由来譚(かろうとゆらいたん)」というシリーズを制作しました。その時取材に行ったのは、福島県の檜枝岐村(ひのえまたむら)というところで、ここはかつて民俗学者・柳田国男が「最後に残った桃源郷」として紹介した場所だそうです。

この村の興味深いところは、村に火葬場ができるまでは「唐櫃(かろうと)」と呼ばれる風習があったことで、これは普段は衣装箱として使うのですが、持ち主ご本人が亡くなった際には棺として使われていたそうです。
かつてはこれを嫁入り道具として持って夫の家に嫁いだそうで、その当時をよく知る村の方に詳しく話していただきました。この取材を通して感じたことを卒業制作の題材にしました。

新潟県佐渡市でのフィールドワークの様子。清水寺の大イチョウ。(画像:本人提供)

日本人が何を捨て、何を残してきたのか

――幼い頃からそうした昔話や風習に興味があったのですか?

吉田:大学に入った頃に文化人類学に興味を持ち始め、そこから、これまで日本人が何を捨ててきたのか、そして何を残してきたのかを知りたくなりました。西洋的な歴史の見方や科学的な思考法・説明に依拠するのではなく、むしろそれらからは振り落とされてしまった、けれども土地の人々の経験的な知恵に基づく昔話を調べたいと思ったんです。

「新訳風土記集 其ノ参 観月峠 六什壱」。ベルリンで発表した作品。月子ちゃんとテルくんは、互いの心臓を掴み合っている。背景や文脈が消失して意味が拡大した場合、「新訳風土記集 其ノ参 観月峠 六什壱」のようにアクリル絵の具だけで描くこともある。(画像:本人提供)

――昔話の多くは一見、荒唐無稽に聞こえても、伝えている内容が合理的だったりしますよね。

吉田:病気になったり亡くなったり、つらい出来事や不幸があったとき、頭では納得できても感情で納得できないものを、心の深いところで納得させるために昔話があるのではないかと感じることもあります。だからこそ、そういったお話を言葉で伝えていくところに、人間の野生の部分というか、本質的な何かが垣間見える気がするんです。

現代は、人間が人間として本来持っている直感を失いつつある時代な気がするので、昔話は自分の中の直感や野生を蘇らせてくれるようにも感じます。

「新訳風土記集 其ノ参 観月峠 四什八」。背景の深い森は、異質な存在の二人を排除しているとも、併存させているとも捉えることができる。(画像:本人提供)

昭和のテイストは「わんぱくすぎて笑える」

――作品のテクニカルな部分についても教えて下さい。モチーフを一種のキャラクターとして描くことにはどのような意図があるのでしょう。

吉田:月子ちゃんとテルくんを中心に、アクリル絵の具で描いた部分は、昭和時代のイラストや工業製品などのビジュアルからインスピレーションを得ています。私が生まれた平成の時代のビジュアルとはまた違って、昭和のビジュアルは他の時代にはないというか、美少女キャラの目がとんでもなく大きかったり、のびのびした線とやけにくっきりした輪郭、長すぎる睫毛など、訳のわからない面白さがある気がするんです。

私にとっては昭和のテイストはとても刺激的で、なんというか、絵がわんぱくなんですよね。それが、私の中では昔話の中にある荒唐無稽さに通じるんです。


今回の絵では、狂気の愛の渦中にいる二人の不安定さを、目線が合わない構図や簡単に壊れてしまう紙風船などに表現しました。佐渡の金北山側から加茂湖側を望む風景をイメージしていますが、二人の座る場所が、今にも滑り落ちそうな球体であることもそのメタファーです。

アートは「私の背骨」

――吉田さんにとって、アートとは何でしょうか。

吉田:私にとってアートは「背骨」であり、自分を支えてくれるものだと認識しています。作品は自分が死んで体が朽ちてしまった後も残るものです。それは火葬したあとに残る骨のようなものな気がしていて、死後は言い訳もできません。アートという私の「もう一本の背骨」に、どんな履歴を刻むのかを意識して、制作していこうと思っています。

(Photos by Tomoro Ando / 安藤智郎)

【吉田 樹保(よしだ みきほ)】
1997 東京都生まれ
2016 東京藝術大学 美術学部絵画科油画専攻 入学
2020 東京藝術大学 美術学部絵画科油画専攻 卒業

賞歴
2017 久米桂一郎奨学基金(久米賞) 受賞

展示
2017 「KUME SHOW」(久米賞受賞者展)(東京藝術大学学内展示スペース/東京)
2020 「第68回東京藝術大学卒業制作展」(東京都美術館/東京)
2021 「ART TAIPEI 2021台北国際芸術博覧会」(世界貿易センター1館(台北市信義区信義路)/台湾)

2022 「ART TAIPEI 2021台北国際芸術博覧会」(世界貿易センター1館(台北市信義区信義路)/台湾)
「Art Fair GINZA tagboat x MITSUKOSHI2022」(銀座三越/東京)
「Kiaf PLUS 2022」(SETEC Hall 1, 2, 3 3104, Nambusunhwan-ro, Gangnam-gu, Seoul/韓国)
「GALLERY SCENA Pre OPEN展」(GALLERY SCENA,原宿/東京)
「SOU~奏~ 6人のアーティスト 展」(伊勢丹新宿店 本館6階 アートギャラリー/東京)
個展「Naughty」(阪急MEN’S TOKYO/東京)
「tagboat アート解放区」(三越前福島ビル/東京)
「tagboat Art Fair2022」(東京ポートシティ竹芝/東京)

2023 「Positions Berlin Art Fair 2023」(Tempelhof Airport Hangar 5-6,Berlin)
「High-voltage」(GALLERY SCENA,原宿/東京)
「Bunkamura Gallery Selection 2023」(Bunkamura Gallery,渋谷/東京)
「tagboat Art Fair 2023」(東京ポートシティ竹芝/東京)
「CULTURAL ART PARK at DAIKANYAMA TSUTAYABOOKS」(代官山 蔦屋書店 3号館2階SHARE LOUNGE GALLERY/東京)
「ART TAINAN 2023台南芸術博覧会」(SILKS PLACE TAINAN Hotel/台湾)

2024 「ART FAIR TOKYO 」(東京国際フォーラム/東京)

ウェブサイト:https://www.mikihoyoshida.com/
Instagram:https://www.instagram.com/mikihoyoshida/

今後の展示

「tagboat Art Fair 2024」展(東京ポートシティ竹芝/東京)
展示期間:2024/4/26(金)~4/28(日)

Group Exhibition(伊勢丹新宿店 本館6階 アートギャラリー/東京)
展示期間:2024/6/26(水)~7/2(火)

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