普段の生活の中で、本当の自分を思い出させてくれるアート【アワード受賞者・futaba氏インタビュー】

ライター
森聖加
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2023年度、第18回が開催された「藝大アートプラザ・アートアワード」(旧「藝大アートプラザ大賞」)。美術作品部門「準大賞」は、大学院工芸科染織専攻、futabaさんの「Pattern Mania」が受賞しました。

受賞作は、幾何学模様で描き出した人物がユニークなテキスタイル作品です。作品のコンセプト、日々の制作にあたっての思い、アートに対する考えなどをfutabaさんに伺いました。

futaba 「Pattern Mania」(撮影:永田忠彦)

幾何学模様で描く、「世界の創造主」

――受賞作「Pattern Mania」のコンセプトを教えてください。

futaba:この作品は大学3年に上がる春休みに、誰かの顔を描こう、と描いたものがベースになっています。無心に丸を連ねて全部を埋め尽くしていったら、そこに顔が出来上がりました。私は幼少期から数学の法則や宇宙の成り立ちを考えることが好きで、美術ではなく数学の道に行こうかなと迷っていたほどです。ただ、好きというだけで職業にするのは難しいと思い数学の道は諦めました。

作品は幾何学模様が人になっています。完成した絵に「なぜ、幾何学があるんだろう?」そう考えた時に、この人物が幾何学や宇宙の法則を生み出した人のように見えてきました。幾何学という無機的なものに意思があることは一見相容れない気もしますが、この世には幾何学などの数学の法則をつくった誰かがいるし、私たちは物理法則にのっとって生きています。絵の人物は世界をつくった、神様のような存在、さらにいえば「私にとっての神様」のように思えて、シリーズを作ろうと制作を始めました。

受賞作の元となった大学3年生のときに描いた人物画(写真=本人提供)

――シリーズということは、ほかに何作かあるんですね。

futaba:はい。最初は丸を連ねて模様が偶然に七宝繋ぎになったのですが、四角や丸、格子柄……丸でも異なる並べ方を試して複数の作品をつくっています。既存のパターンを使う場合もありますし、自分で作ったパターンで人の顔を描く場合もあります。模様をつくってから顔を描き出していき、「ここに目があったら可愛いな」という感じで目の置き場所を決めて、進めています。

――パターンによって目の位置を変えている。

futaba:同じパターンでも目の位置が変わると顔の印象も変わります。目の位置は、模様によってここにしか置けない、少しでもずれたら変な顔になる、と自然と決まる場合もありますし、複数の顔が出来上がってから「こちらの顔が可愛いなぁ」と決めるときもあります。よりよい顔を選んでいる時間が楽しいですね。

さまざまなパターンで描かれた人のシリーズ(画像=本人提供)

簡単に作れそう、と言われるのが意外とうれしい

――顔はコンピューターで描いているのですか? その後、出来上がった顔を染色の作品として昇華していく?

futaba:顔はイラストレーターを使って描いています。それから、シルクスクリーンを用いて版画のように版を重ねて布に色を染めていきます。今回の作品のようにシャープな、細かい表現は、織り上げることも、筆で布に染めることも難しいので、必然的にシルクスクリーンになりました。絵を印刷したものから版を作って、版画のように、背景、額縁の部分、顔のベタ面、雲の部分という具合に8版を重ねて印刷をしています。

制作過程。シルクスクリーンに使った版(写真=本人提供)

futaba:学部(武蔵野美術大学)の卒業制作の時には、人物をモチーフとした作品でも4mの大きさの人形を作りました。けれど、サイズの小さい今回の作品のほうが大きな作品を縫うよりも実は大変だったんです。

「Pattern Mania」では額縁にあたる部分に綿を入れるため、人物が描かれている面の背景と額縁側の模様がぴたりと合うようミシンで縫っています。ここが少しでもずれると作品の見栄えが一気に下がってしまうので、ミシンの右側に付いている〈はずみ車〉を回しながら一針、一針縫いました。アワードへの提出にあたっては、細部をきちんと意識をして制作をしなければならないことを実感しました。頭で考えるだけではなく、作品の完成度を上げるために何をすべきかを考える意識が身に付き始めているように感じています。

ミシンで一針、一針縫い進めた額縁と背景の際の部分(写真=本人提供)

――とても、手間がかかっているんですね。お話してもらって初めて気づきましたが、それも綺麗に仕上がっているからこそ、なんでしょうね。

futaba:簡単に作れそう、と言われるのが意外とうれしかったりします。友人に本当は大変なんだろうけど、あまり努力のあとが見えない、簡単に作ることが出来そうに見える、と言ってもらった時は「やった!」という気分でした。審査では丁寧に作った頑張りが見てもらえ、賞をいただけたのかなと思い、うれしく感じました。

藝大の院に進んだのも、技術を大切に教えている場所で深く学びたかったからです。大学時代の私はコンセプトを考えることに重点を置いていて、十分な技術がないままに作品づくりに取り組んでいました。作家活動をするには、作品を完成させるための技術が必要ですが、私にはそれが足りていないと感じたのです。現在はいろんな人の生活で使われる製品づくりに携わりたいとも考えているので、製品がすぐに壊れることなく長く使われるためにも技術をおろそかにできません。こうした意識を学べたのが藝大に通った収穫のひとつです。

――講評では、「形態は鏡、素材はテキスタイル。キラキラとした模様のイメージと触覚的なおもしろさのギャップに、作者にしかない表現形態・表現方法が感じられ、今後もさまざまな展開が期待できるように感じた」とありました。

futaba:「鏡」と指摘された時は、確かにそうだ、と気付かされました。私は絵の段階ではいつも首から上だけを描いているので、シンプルに肖像画をイメージしていました。いろんな人をつくって並べると、いろんな人の肖像画が並んでいるようで、このまま壁に飾る作品としてあってもいいなと思ったんです。

このシリーズは私の代表作ですし、額装してみたい思いをずっと持っていました。私は布が好きなので、額の部分も布で作りたいと思い、今回提出した形態になりました。鏡という視点で見ると、私自身がこの作品の中の「人」として見ることができるので、それも面白い視点だなと思いました。

上/四角や円形……額はさまざまな形で検討した 下/布での立体化もさまざまな形を試行錯誤した(画像=ともに本人提供)

生活の中で楽しむ、多くの人の心を解放するアートをつくりたい

――「Pattern Mania」シリーズ以外にはどのような作品を制作されていますか?

futaba:顔のシリーズをメインに制作を行っていますが、全く違う技法を用いることもあります。修士1年の時にはろうけつ染めに取り組み、2m×30㎝の細長い、透ける布に木の幹をイメージしてたくさんの色で染める作品をつくりました。細長い作品なので折って飾り、折り方や折る場所を飾る人が決められます。例えば、二つ折りで1mぐらいの幅で飾る人もいれば、三つ折り四つ折りにすることもでき、重ね方を変えてさまざまな色と飾り方を楽しむ作品です。

――染織に興味をもったのは、いつごろからですか?

futaba:両親がグラフィック関連の仕事をしていたので、幼い頃から美術に触れる機会がありました。具体的に染織に興味をもち始めたのは、中学生のときです。図工の授業に機織り機でタぺストリーを織ろうという時間があって、布という手で触れられるものを初めて作った時に、布に興味をもつようになりました。機織りで織ると、物体ができあがっていく。布っていいなと、とても惹かれました。高校2年生で進路を考えた時に初めての経験を思い出して、テキスタイルの道へ進んでみようと決めました。

――織ることから染めることへ変えたのは、なぜ?

futaba:自分が表現したい幾何学模様は、織りでの表現が難しい場合があることを大学で学び始めて気が付きました。織りの場合は細かな表現の再現が比較的難しく、私のやりたいことを表現するには染色が適していたのです。

生活に絡むアートが好きなので、作品は実体のある布として仕上げるのが私のスタイルです。アートを見るぞ!と特別なときだけしか見られないものよりは、実際に使えるもの、普段の生活で触れることができるアートを作りたいと考えています。

――アートを特別なものとして捉えたくない、気持ちが強くあるんですね。

futaba:はい。改まってアートを見ようとすると触れる頻度が少なくなりますよね。美術館という、かしこまった場でしか得られないものもあると思っていますし、その雰囲気が好きでもあるのですが、それだけでは足りないんじゃないか。もっと普段からアートに触れることで、多くの人が心安らぐ瞬間を作っていきたいんです。だから、毎日の生活の中にあるアートがいいと思っていて。

私にとってのアートは、自分の心を軽くしてくれるもの、本当の自分を思い出させてくれるものです。日常生活に疲れたり、色々なことにとらわれ、繰り返してしまう苦しい思考や感情などを一旦、忘れさせてくれます。常に触れていることで、ふと本当の自分を思い出させてくれるアートを作りたいと思っています。

――学部、修士と進む中でアートに助けられた思いが強い?

futaba:他の人の作品を見て「いいな」と思う瞬間は、日々のゴタゴタから切り離されて、その作品の美しさと自分しか存在しない感覚になることに気付きました。宇宙の法則以外にも、「人は死んだらどうなるんだろう」と哲学的なことを考えるのが好きなのですが、そんな時間を持つことが私も含めて現代人は少ないのかなと感じています。何のために生きているのか、この世界は不思議だなと考える、日常から切り離された時間を増やしたいと考えながら制作を進めています。作品の制作は見ていただく方たちより先に、自分が楽になりたい思いで作ることもあります。ふと立ち止まり、心が解放される……。私の作品を見ていただく方にもそう思ってもらえたら嬉しいです。

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