空海の息吹、教えに深く触れる。上野で今夏大注目の特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」

ライター
森聖加
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コラム

京都市の西北、高雄に位置する神護寺(じんごじ)は、中国・唐から帰国した空海(774-835)が活動拠点とした、真言密教のはじまりの地です。2024年は、神護寺創建1200年と空海生誕1250年にあたり、創建1200年記念 特別展「神護寺-空海と真言密教のはじまり」が上野の東京国立博物館で開催されています。史上初めて寺の外で公開される「薬師如来立像」をはじめ国宝17件、重要文化財44件を含む、約100件の至宝が集まる展覧会の見どころを紹介します。

重要文化財「弘法大師像」 鎌倉時代・14世紀 京都・神護寺蔵。板彫りの秘仏は空海が住んだ納涼坊(どうりょうぼう)に由来する神護寺大師堂に本尊としてまつられている

空海も見つめた最高傑作、国宝「薬師如来立像」が上野へやってきた

絵画、彫刻、工芸、書と密教美術のみならず日本美術の傑作が居並ぶ神護寺の宝物のなかで、ひときわ注目を集めるのがご本尊の国宝「薬師如来立像」です。日本の仏教彫刻史における最高傑作のひとつといわれ、1200年に及ぶ同寺の歴史上初めて寺外で公開にいたりました。

展示風景より。中央が国宝「薬師如来立像」(平安時代・8~9世紀)と右「日光菩薩立像」左「月光菩薩立像」の両脇侍(ともに平安時代・9世紀)。いずれも京都・神護寺蔵

空海は延暦23(804)年に中国・唐にわたり、長安の青龍寺で恵果(けいか)から密教を伝授されます。帰国して3年後の大同4年(809)年に京都に入り、密教を広める活動拠点としたのが神護寺の前身寺院である、高雄山寺(たかおさんじ)でした。天長元(824)年、和気清麻呂(わけのきよまろ)が建立したこの高雄山寺と、同じく清麻呂建立の神願寺(じんがんじ)がひとつになって、神護国祚真言寺(じんごこくそしんごんじ、略して神護寺)となります。国宝「薬師如来立像」はいずれかの寺から空海が本尊としてむかえたものです。

普段は厨子に入り、高い位置に安置されるため、正面を遠くに見上げる形での参拝となり尊顔は細長く見えますが、展覧会ではその全貌がはっきりと。丸い顔に刻まれたまなざしは厳しく、引き締まった口元と相まってやや恐い形相です。呪いや怨霊を退散、反撃するためといわれていますが、詳しくはわかっていません。

一番上には羽織る衣は裾の縁が反り返るなど芸が細やか。どこから見ても美しい像だと東京国立博物館研究員の丸山士郎さんは指摘します

平安時代初期(8世紀末~9世紀頭)は重量感のある仏像が多くつくられました。全身と台座を一材からつくりだした一木造りの像は、側面にまわると重量感が際立ち、ムチムチとした腹部や太ももに驚かされます。注目は衣の表現で、右肩から腰、右腕にかかって裾まで垂れる帯のような衣、横被(おうひ)をまといます。現存するものでは数例しかありません。さらに、平安仏に特徴的な翻波式衣文(ほんぱしきえもん)がもっとも鮮やかに表現された例としても知られます。ふくらみのある太い縄のようなヒダと、鎬(しのぎ)だった小さなヒダの見事なラインが特別なライティングによって浮かび上がります。

本尊のまわりに並ぶ「十二神将立像」。一体、一体がゆったりと配置された展示空間で躍動的な像の姿があらわに。「十二神将立像」(一部) 吉野右京、大橋作衛門等作 室町時代、江戸時代 京都・神護寺蔵

仏像ではほかに、国宝「五大虚空蔵菩薩坐像(ごだいこくうぞうぼさつざぞう)」が五体そろって展覧会会場で初公開となります。空海の弟子、真済(しんぜい)が多宝塔の安置仏としてつくり、五体がそろって現存する最古の例です。立体曼荼羅(まんだら)として同じような造形の五体が円形に並ぶスタイルは、密教が日本に入るまではありませんでした。

空海が筆を入れた!? 国宝「両界曼荼羅(高雄曼荼羅)」

唐で体系的な密教を学び、その成果をもとに真言密教を打ち立てた空海。真言密教が説くふたつの世界観を表すのが国宝「両界曼荼羅(りょうかいまんだら)」です。高雄山神護寺に伝わったことから「高雄曼荼羅」の名でも知られています。

本展でも展示がある唐より持ち帰った経典、絵画、法具類などを記した「御請来目録(ごしょうらいもくろく)」のなかで、空海は「密教は奥が深くて文筆で表現し尽くすことは難しい。だから図や絵を借りてまだ覚りを得ていない者に開き示すのだ」と記しています。国宝「両界曼荼羅」は、空海が直接制作にかかわった曼荼羅で、唯一現存する最古の例として非常に貴重なものです。しかも空海が筆を入れたといわれています。

国宝「両界曼荼羅(高雄曼荼羅)」[胎蔵界] 平安時代・9世紀 京都・神護寺蔵。前期は胎蔵界、後期は金剛界を展示。非常に高価な染料、紫根(しこん)を使って染め、花や鳳凰の文様を織り出した綾絹に、金泥と銀泥で仏の世界を描く。金剛界に1461尊、胎蔵界に409尊が描かれる

国宝「両界曼荼羅」は天長年間(824-834)に淳和(じゅんな)天皇の発願で制作されました。真言密教の二大経典、「金剛頂経(こんごうちょうきょう)」と「大日経(だいにちきょう)」に基づく、金剛界・胎蔵界というふたつの世界(=両界)が、4m四方もある大画面にそれぞれ描かれています。江戸時代以来約230年ぶりに実施された修理を経て、画面が安定しました。空海の息吹を迫力の大画面に感じることができます。

同じ展示室には、江戸時代の修理の際に制作された原寸大模本も展示され、往時の美しい紫色や仏の姿を伝えています。同じく江戸の修理の際に制作された国宝「両界曼荼羅」を収める唐櫃、曼荼羅に描かれた諸尊の姿を写した白描図像などの展示もあって、多角的に知ることができます。

「両界曼荼羅」[胎蔵界](右) 江戸時代 寛政7年[金剛界](左)江戸時代 寛政6年 京都・神護寺蔵

重要文化財「高雄曼荼羅図像」(一部)平安時代・12世紀 奈良・長谷寺蔵

密教美術の名品と同時に、日本美術を代表する数多くの作品をもつ神護寺。「神護寺三像」と呼ばれ広く知られる、「伝 源頼朝像」「伝 平重盛像」「伝 藤原光能像」(いずれも国宝)の三幅も、等身大で描かれた肖像画の最高峰のひとつとして見逃せません。

ほかに、「神護寺経」と呼ばれる金泥で書かれた「紺紙金字一切経」では平安貴族の祈りと美の結晶を知ることができます。特に後期では、現存する平安仏画で唯一、釈迦如来を単独で描き、衣の色から「赤釈迦」として知られる名品、国宝「釈迦如来像」が登場。見どころ満載の展覧会です。

重要文化財「大般若経 巻第二(紺紙金字一切経のうち)」平安時代・12世紀 京都・神護寺蔵

展覧会情報

創建1200年記念 特別展「神護寺―空海と真言密教のはじまり」
東京国立博物館 平成館
会期:2024年7月17日(土)〜9月8日(日)
開館時間:9:30~17:00 ※金曜・土曜日は19:00まで(ただし、8月30日・31日は除く) ※入館は閉館の30分前まで
休館日:月曜日(ただし8月12日[月・休]は開館)、8月13日(火)※総合文化展は8月13日(火)開館
※会期中、一部作品の展示替えを行います。
展覧会公式サイト

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