人の数だけアートがある! 芸術に対する思いは人それぞれ。藝大アートプラザでは、アートとは何かをさまざまなアーティストたちに尋ねることで、まだ見ぬアートのあり方を探っていきます。
お話を伺うのは、東京藝術大学(以下、藝大)グローバルアートプラクティス専攻博士課程に在籍中のウォーラー・カミさん。米国に生まれ育ち、サヴァンナ芸術工科大学でアニメーションの学位を取得後、現在はグローバルアートプラクティスの博士号取得に向けて勉強中です
今回はカミさんに、陶芸にたどり着いた道筋や制作の変化、目指したいことなどを広く語っていただきました。
アニメから生まれた日本への興味
――ウォーラーさんのお生まれから教えてください。
ウォーラー 僕はアメリカのメリーランド州出身で、フロリダ州のジャクソンビルに一番長く住みましたね。大学はジョージア州のサヴァンナ芸術工科大学で学び、アニメーションの学位を取得しました。小さい頃から任天堂のゲームや日本のアニメーションが大好きで、中学生や高校生の時には『ポケットモンスター』や『セーラームーン』、『ドラゴンボール』などをテレビで見ていて、大学の学部時代には漫画やストーリーボード(物語の流れを要約して紙芝居にしたもの)を勉強したいと思っていました。
――来日のきっかけは?
最初のきっかけはラボ国際交流センターのインターンプログラムに参加したことで、その時は福岡と名古屋で日本のホストファミリーと暮らしながら働きました。子供の頃から引っ越しが多く、一つの場所にあまり長く住みたいと思わなかったのですが、来日して日本のファミリーもでき、日本のことが分かるようになると、「もっとここにいたい」と思うようになりました。僕はアメリカ人ですけど、日本はもう一つのホームですね。
それで、インターンの後は国費留学生として藝大に入り、美術研究科修士課程の陶芸専攻を修了しました。東京外国語大学でも少し学んだこともありますが、今は藝大でグローバルアートプラクティス専攻(※)博士課程に在籍しています。
※グローバルアートプラクティス専攻:2016年、大学院美術研究科内に開設された、東京藝大の国際的な教育・研究環境の推進を目指す専攻。留学生が約半数を占めており、パリ国立高等美術学校(BAP)とロンドン芸術大学セントラル・セント・マーチンズ校(CSM)などとも協働している。
未知のお茶が届く「トラベリングティーボックス」
――陶芸は大学での専攻とはかなり異なりますが、どうして藝大で陶芸を専攻しようと?
ウォーラー 母がお茶好きで、僕も昔から緑茶や中国茶を飲んでいたんです。アメリカでは「トラベリングティーボックス」というコミュニティーに参加していました。これはいろいろな国や銘柄のお茶が入った箱の中から好きなものを選び、自分が楽しんだ後はおすすめのお茶を箱に足して次の人に送るというアクティビティで、本格的にお茶に興味が湧いたのもそうしたコミュニティーに参加したことからでした。
お茶好きのコミュニティーを通していろいろな人と交流するようになって、日本茶や中国茶がますます好きになり、本格的な飲み方・淹れ方も調べるようになっていったのですが、それにはやはり適当な大きさの急須が必要なんですよね。アメリカでは紅茶用の大きなティーポットなどは手に入るのですが、急須などはなかなか売っていなくて。それに、日本でも高級な緑茶の茶葉はアメリカではさらに高価です。だから茶葉も大切に、少しだけ淹れて楽しみたいのですが、適当な急須がなかった。
だから自分でお茶の道具を作ろうと思い、一般人も学べる陶芸教室に通うようになりました。
――どんどんハマっていった感じですね。アメリカで最初に作った陶芸作品は、どんなものだったのですか。
ウォーラー マグカップなどのシンプルな形でしたね。その後もインターネットで画像を調べて、中国茶のポットなどを真似して作っていました。その後、茶碗や湯飲みなどに挑戦していった感じでしょうか。
クリエイティビティーを取り戻すために
――藝大に入学して、ご自身の作風は変わりましたか。
ウォーラー 作風の前に、まず技術レベルが上がったと思います。自分で言うのもなんですが、アメリカの作陶教室では生徒は造形だけで、焼成は先生が全て行っていたので、僕は窯の使い方をまったく知りませんでした。藝大ではガスや電気窯だけでなく、薪窯なども経験しながら基礎的な部分も学び直すことができました。だから僕が「陶芸を学んだ」のは、アメリカではなく日本でだと思っています。
現在取り組んでいる博士論文では、日本における社会構造の変遷がクリエイターや焼き物に及ぼしてきた影響について論じています。縄文時代以来、焼き物は特定の用途があって作られるという構造が続きましたが、資本主義が導入されて、「販売するため/売るため」に焼き物を作るようにもなりました。それが焼き物そのものにどのような変化を与えたのかが研究テーマです。
――非常に興味深いテーマです。コンセプトの点ではどうでしょうか。クリエイターとして「こういうものをつくりたい」という思いに変化はありましたか?
ウォーラー 藝大の修士課程で学び始めた頃は「自分には技術が足りない」「上手く作れるようになりたい」としか考えていませんでした。でも修了制作に取り組んだときに、「自分の創造性を取り戻したい」と思うようになり、制作テーマを「取り戻す」という意味の「RECLAIM」と名付けました。
「RECLAIM」には「ゴミを再生する」という意味もあるので、制作の過程に捨てられるものや自然素材を用いる意味も込めています。藝大で野焼きを体験した時、日用品ではなくオブジェに類するものを作ってみて、「使うためではないもの」にも価値があると感じるようになりました。だから修了制作は野焼きの作品です。野焼きは割れてしまうことが多いのですが、割れた作品を捨てるのではなく漆を使って直すことで作品としようと思ったんです。
――まるで金継ぎのようですね。
ウォーラー メインの作品はまさに金継ぎにして、他のものは漆が見えるかたちで直したものを景色としました。アメリカの大学を卒業した後、アニメーションの仕事をするようになったのですが、自分のクリエイティビティを発揮するというようりは、手がけているシリーズのスタイルと同じように描くことが優先事項になり、自由に何かをすることができなくなったんです。そのときの自分と比べると、いまは手掛けたものを買ってくれる人も少しずつ増えていて、すごく楽しいですし、クリエイティビティを発揮する喜びも感じます。
人気を呼びつつある「独自の色合い」
――ウォーラーさんの作品は藝大アートプラザでも人気ですが、ピンク湯呑みなど、少し変わった色合いに目を留める人が多いように思います。作陶ではどういう土を使っていますか。
ウォーラー いろいろな土を使っています。制作後は削った土が残るのですが、捨ててしまうともったいないと思って、新作をつくる時は前に残った土を混ぜて制作するようにしています。陶芸で使う粘土は何万年もの時を経てできているので、大切にしたいのです。
――それでうつわに独特の色合いや景色ができるのですね。
ウォーラー たとえばこのお皿の基礎は赤土で、黒い部分は黒い土、白い部分は多分、半磁器土ですね。以前は取手の土を使っていたのですが、今はミックスすることが多いです。
――ウォーラーさんの作品は、日本人がつくった急須や器とは良い意味で異なる何かがあるように感じられて、「ウォーラーさんがつくったんだな」ということがよく分かる独自性がある気がします。ご自身ではそういったことを意識していますか?
ウォーラー どうですかね。僕は特に急須や器をつくるときには使いやすいものやシンプルな形のもの、そして渋い雰囲気のものが好きなんです。あとは、制作するときに自分の手の中に収めてみて「心地良い」と感じられるものにしたいと思っています。使った時に嬉しい気持ちになれるもの、土の魅力を伝えられるものを作りたいと思っています。
――実際、ウォーラーさんの急須や器は小ぶりで可愛らしくて、藝大アートプラザでも人気があります。
ウォーラー 本当に嬉しいです。今は自分が作ったものを使ってくださる人がいればそれだけで嬉しくて、お客さんもほとんどが日本の方ですので、アメリカよりも日本で陶芸家としてやっていきたいなと考えています。ただ、自分の作品の位置づけに悩むことがあります。例えばこれは備前焼か常滑焼か、などと聞かれると、どう答えればいいのか分かりませんでした。
――そういった問いに対する答えは出たのですか?
ウォーラー 今は藝大の取手キャンパスで制作しているので「取手焼」だと思っています。現代の陶芸家は、具体的に「何焼き」と言えないものを作っている方も多いですし「ウォーラー焼」なのかもしれません。
陶芸家として、アーティストとして、人間として「成長していきたい」
――今後の歩みについて思うところを教えて下さい。
ウォーラー アーティスト活動として制作を続けていきたいと思っています。それに、いまこうして制作できることは本当に幸運の連続だったと思うんです。だからこれからレジデンスやワークショップやキュレーションの場などを作って、自分のように日本以外に住む人で日本でアートを学びたいと思った人が学べる機会を作りたいですね。
作家としては、いろいろなものを作りたいと思っています。廃棄物や自然由来のものを使って釉薬を作ったり、野焼きもやりたいですね。いつか完全にマスターする、ということは焼き物にはないと思っているので、一生かけて学んでいくつもりです。陶芸家としても、アーティストとしても、人間としても成長していきたいです。
――ウォーラーさんの作品に感じられる独自性は、ウォーラーさんの謙虚さと優しさに由来しているのかもしれないなと感じました。
ウォーラー ありがたいです。ずっと同じものを作り続けることができる方を僕はすごく尊敬するのですが、一方で自分自身は新しいことにチャレンジしていく性格でもあるので、やり方はどんどん変えていきたいですね。一つの道を究めることにも、いろいろなことに挑戦することにも同じように価値があると思いますし、いずれの道にもきっと常に新しい発見があると思っています。
【ウォーラー・カミ】
東京藝術大学美術研究科修士課程、陶芸専攻。現在は東京藝術大学でグローバルアートプラクティス専攻博士課程に在籍中。陶器の制作や原料研究のほかパフォーマンスを行い、アートで表現したいテーマを模索しつつ創作に励んでいる。
主な賞歴
2021年 「第71回学展」
2022年 「芸大アートフェス」 ゲスト審査員特別賞受賞
2022年 「工芸都市高岡クラフトコンペ 」個人的な視点賞
HP:https://www.camwallercrafts.com/
Instagram:https://www.instagram.com/gnomadink