若冲の猿に国芳の猫、応挙や仙厓の仔犬たち。かわいい動物画がめじろ押しの江戸時代に、「単純なカタチがかわいい!」という新たなフィールドを切り拓く絵師が現れました。それが、江戸生まれの鍬形蕙斎(くわがたけいさい)だったのです。
鍬形蕙斎とは何者?
15歳で浮世絵師としてデビューし、北尾政美(きたおまさよし)の名で多くの役者絵や版本挿絵を描いた天才、鍬形蕙斎。寛政6(1794)年、津山藩(岡山県)のお抱え絵師となって狩野惟信(かのうこれのぶ)に入門。いったんは狩野派の画風を身につけますが、やがて独自の技を編み出し、脱力感満載の絵本「略画式」を出版します。
略画式とは蕙斎いわく、「形によらず精神を写す、形をたくまず略す」描き方。凝らず力まず、あっけないほど簡潔に略した描線で、人物や生き物から風景までを自由自在に描きました。中でも白眉は動物画の絵本「鳥獣略画式」。さらり、ゆるりと最小限に筆を運ぶだけで、小動物のいじらしさや猛獣のおかしみまで表してみせたのです。まるで魔法のようなその手腕。実は葛飾北斎の絵手本「北斎漫画」も、略画式から着想を得たといわれています。
蕙斎のかわいい浮世絵、その秘密は?
さて、そんな略画式のかわいさの秘密は、丸や楕円形の中に、動物の姿をギュッと収めていることかもしれません。たとえて言うなら、子猫や仔犬が窮屈なカゴの中にむりやり潜り込んだときを思わせるような。単純でも愛情が感じられるカタチは、見る者を心地よく脱力させてくれます。
描きたいものをびっくりするほどシンプルに簡略化し、ひとふで描きのようなゆるい筆致で描いた「鳥獣略画式」。動物の姿を、丸や楕円や三角など幾何学形の中に収めたものが多く、そのちょっと窮屈なカタチが妙にかわいいのです。