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藝大書籍探検隊!『最後の秘境 東京藝大-天才たちのカオスな日常-』を読んでみた

ライター
瓦谷登貴子
関連タグ
書籍

東京藝術大学というと、どんなイメージがありますか? 「超ハイレベルで、入学するのが困難」「卒業生は、国内や海外で活躍」「学生は、天才肌の人や、変わり者が多い」などでしょうか? 何を隠そう私も、イメージだけが先行していて、その実体はベールに包まれた存在。そこで、東京藝大に関連する書籍を紹介して、その魅力をひも解きたいと思います。本を入り口にして、奥深い世界へ、さあ、あなたもどうぞ!

第1回『最後の秘境 東京藝大-天才たちのカオスな日常-』 二宮敦人著 新潮社

まずタイトルに惹きつけられる!秘境って!?

「最後の秘境」というパワーワードに、まず興味がわきました。日本国内の大学なのに、秘境って?南米アマゾン川周辺に挑むような、ワクワク、ドキドキ感でページをめくっていくと……。
まず冒頭の文章で、ノックアウトされました。作者の奥様が東京藝大生(執筆当時)なのですが、夜中に1人顔面に紙を貼り、ドライヤーで乾かす不思議な行動が描写されます。驚いた作者が尋ねると、「彫刻科の課題で、自分の等身大全身像を作ることにしたんだけど、石膏で顔面の型を取ったら窒息してしまうので」という、しごく真面目な回答。何枚も紙を重ねて、のりを貼って仕上げた頭部は、デスマスクのようなフォルムで完成。周囲には、型取りを終えた腕、足、腰などのパーツが無造作に転がっていて、作者はショックを受けるのです。そりゃ、一緒に暮らしている人にしたら、びっくりしますよね。まさしくホラー映画のよう。

なぜに作者は、この本を?

このように、日々驚きの体験を重ねる内に、作者は頻繁に藝大の話を妻から聞くようになります。そうすると、妻の回答は、予想をはるかに超えてくる。決してウケを狙っている訳でもなく、大真面目なのに! ホラー小説やエンタメ小説を書くのが本業の作家が、藝大に興味を持って調べ始めたことが、この本が世に出るきっかけだったようです。初めてのノンフィクション作品なので、いかにインパクトが大きかったのかが、伺い知れます。

爆笑のち、心を揺さぶられる感動

読み進めると、奥様を超える強者どもが、ぞろぞろと登場します。誰もふざけてなんかいない、真剣そのもの。でも、芸人の身体を張った芸をも吹っ飛ぶ異質な感覚。やはり秘境だったのか!
漆芸専攻では、『かぶれは友達』という認識なんだそう。工芸科でバレーボール大会があると、漆芸専攻がトスしたボールで、他の生徒がかぶれると言う仰天の事実。おまけに漆は高額なので、卒業制作に向けて、皆バイトに励まなくてはいけない。それでも、何千年も残り続ける漆製品にロマンを感じる学生たち。
また建築科は藝大で最も忙しい科の一つで、泊まり込みが当たり前で、冷蔵庫や炊飯器を持ち込んで、自炊して課題を提出するんだとか。唖然としますが、スペースをベニヤ板で囲んで家みたいにしている学生もいると言うから驚きです。
最初は面白エピソードの連続に、笑いながら読んでいたのですが、真摯に突き進むエネルギーに感動を覚えるようになりました。指導者との関係性もユニークで、どこか同じ芸術を志す仲間のようです。

学部ごとの特徴も面白い!

東京藝大は、大きく分けて音楽と美術の両方を擁している大学です。その違いにも、作者は鋭く切り込んでいます。
油画専攻は、油絵を描かなくてもいいそうで、素人からしたら謎でしか無い独特のカリキュラム。授業では油絵の技法にとどまらず壁画や版画、果ては現代アートや写真、彫刻まで…..。ひ、広すぎ! さまざまな表現方法に触れて、自由に自分だけの世界をつくりあげていく。自由と言うことは、それだけ選ぶ力が求められそう。深く掘り下げる学生が多いそうで、恋愛にもピュアだとか。
一方学生が口をそろえて「藝大で一番チャライ」と言う学科が、声楽科。授業では男女ペアでオペラの稽古をするそうですが、オペラと言えば、男女の恋愛の物語。うーん。なるほど、実生活にもリンクしやすいですよね。でも、恋愛経験のない人が、果たして観客を感動させられるのだろうか? そう思うと、半ば確信的に恋愛をする学生もいるかもなあと思ってしまいます。
よく知られている上野キャンパスに、多くの学部がありますが、他にも茨城県取手キャンパス、神奈川県横浜キャンパス、千住キャンパスがあります。千住キャンパスの音楽環境創造科は音楽学部の中で最も新しい学科。ある学生の研究がぶっ飛んでいて、びっくりしました。「『ほくろさんぽあります』と看板を立てて、お客さんが来たら悩みを聞くんです。そして棚につけぼくろがあって、一つ取り出してお客さんにつけます」。ええ!シュールすぎる! しかも、木で骨組みを作って溶接して、屋台もしっかり作って実際にやると言う凝りようです。そして、これで終わりではないのです。裏にはパフォーマーが控えていて、ほくろをつけたお客さんが歩いていくと、その先で悩みに応じた歌を即興で歌ったり、お客さんと同じ悩みについてつぶやいたり。
決してコントなどではなくて大真面目に思いつき、労力をかけて、実現させる。一体何のために? お金が目的ではない。名声を得たいというのとも、ちょっと違う気がする。ちなみに『ほくろさんぽ』は、大盛況だったそう。制作を思いつき、アートとして表現する。藝大生の底知れぬパワーを感じてしまう。

藝大とは?祈りなのか?

学内で、毎年儀式が行われると言う箇所も、印象に残りました。藝大の彫刻科や工芸科など金属加工を行う科では、毎年11月に鞴祭(ふいごさい)が開催されます。鞴という人力送風装置を使う、鋳物師や鍛冶屋が神様を祭るために行ってきた儀式です。教授を筆頭に関係者が集まり、袴に烏帽子をつけた神主に、巫女と本格的。ただ、これが全て自前なのが、藝大らしいところです。祭壇セッティングから、神主や巫女も学生がやってしまう。そして、最後は皆におでんが振る舞われるのだそう。
藝大の学園祭「藝祭」でも、音楽学部、美術学部の混声チームがそれぞれに神輿を製作して、上野公園を練り歩くのが名物になっています。この神輿のレベルが生半可ではなく、音楽学部が美声で歌いながら行進したりと、藝大魂が宿る神輿パレードのようです。
儀式にかける熱量が、すごい。文章から本気度が伝わってきて圧倒されました。遊び心もありながら、どこか真剣味を感じるこのセレモニー。やはり、芸術を志して、何かを生みだそうとすることは、祈りに通じるのだろうか? 一般人からすると、常軌を逸していると感じられるエピソードの数々も、修行僧の鍛錬や祈りの一種と考えると、なんだか納得がいきます。

藝大アートプラザのスピリッツにも通じる

藝大キャンパス内にある「藝大アートプラザ」では、藝大の学生、教職員、卒業生の作品が展示されて、購入することができます。多様なアーティストの作品が、同じ場所に並んでいる空間。本を読んで感じた、学生と指導者のフラットな関係性が、展示にも表われているように感じます。
藝大が秘境なら、ここは秘境から取り出された宝の山なのかもしれません。すでに光り輝いているのもあれば、これから光り輝く原石も混じっています。是非、この場に立って、それを実感してください。

◆藝大書籍探検隊シリーズ

藝大書籍探検隊!伝説の漫画家・一ノ関圭の『鼻紙写楽』を読んでみた

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