2022年3月、東京国立博物館は創立150周年を迎えました。
10月から12月にかけて開催される東京国立博物館創立150年記念特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」では、同館が所蔵する国宝89件すべてを展示(会期中展示替えあり)。同館が所蔵する文化財の国宝は日本の約1割を占め、その数は日本一です。そして、89件すべてが展示されるのは、150年の歴史上初めて!
この特別展がメインイベントですが、そのほかにも多彩な特集が予定されています。東京国立博物館の収集、保存、研究、展示という活動の歴史がすべて展示される特集が続く、今年はまさに東京国立博物館イヤーなのです。
いったいどのような展示が繰り広げられていくのか? 担当者の方々に話をうかがうことができました。
最高の展示環境を実現します
特別展「国宝 東京国立博物館のすべて」の会期は、2022年10月18日(火)から12月11日(日)まで。第1部「東京国立博物館の国宝」と第2部「東京国立博物館の150年」で構成されます。
「第1部では、所蔵する国宝89件すべてを展示します。これは150年の歴史上初めてのことで、私たちも見たことがありません」
と話すのは、特別展を担当する学芸研究部列品管理課の佐藤寛介(ひろすけ)さん。
「通常は、文化財の保存と公開の両立を図るため展示期間を制限し、1年から数年間のサイクルで館内各所の展示室で分野ごとに展示しています」
と佐藤さんが言うように、国宝を一度にすべて展示するというのは、とても困難な作業。
「何年も前から数年後までを見越して展示計画を調整する必要があり、これが一番たいへんでした」
しかし、各分野の研究員の理解と協力により実現できることに。
「今回、展示する国宝89件は、日本絵画、日本書跡、東洋絵画、東洋書跡、刀剣、法隆寺献納宝物、金工、考古、漆工の各分野におよび、その素材や形状も様々です。本展では、個々の作品に最適な展示方法や照明など展示デザインを追求して、最高の展示環境と鑑賞体験を提供します」
第2部も見ごたえ充分
東京国立博物館の国宝すべてが展示される特別展には、今からわくわくしてしまいますが、佐藤さんは「第2部『東京国立博物館の150年』も見逃せません」と言います。第2部では、150年の歩みを大きく3期に分け、各時代を収蔵作品や歴史資料、再現展示、関連映像などでわかりやすく紹介するとのこと。
東京国立博物館の歴史については、のちほど簡単に触れますが、100年以上前の歴史的な展示ケースを使い、かつての展示風景を再現するなどの工夫により、当時の人々の驚きや感動を追体験できるようにするそうです。「例えば、1872(明治5)年の湯島聖堂博覧会で展示され好評を博した名古屋城の金鯱を復元展示や、かつて展示されていた現存最古級のキリンはく製標本(現在は国立科学博物館蔵)を里帰り展示します」
「明治から令和にいたる150年で築かれた東京国立博物館の文化財コレクションの中でも、人気の高い作品が一堂に会しますので、見ごたえは充分です」
と佐藤さん。第2部も楽しみです。
特別展は奇跡的なこと
研究員として、個人的な想いについても佐藤さんにうかがいました。
「特別展は、所蔵国宝89件をたて糸、150年の歴史をよこ糸にして、東京国立博物館が織りなしてきた“すべて”を紹介する史上初の展覧会です。これは奇跡的なことで、次の機会は50年後の創立200年かもしれません」
東京国立博物館の「おいしいところを一度にまるっと味わうことができる」ので、まだ同館を訪ねたことがない人にとってはデビューにもってこいですし、リピーターの人にとっても新発見や再発見があるはずだと話す佐藤さん。最後に決意も語っていただきました。
「私個人としては、ある意味、東京国立博物館の来し方行く末を示す展覧会ともいえるのでプレッシャーはもちろんありますが、何よりも、この大きな節目を飾る記念碑的な展覧会に参画できることをたいへんうれしく思います。展覧会の具体的な準備はこれからが本番ですので、より充実した内容となるよう、そしてみなさまの期待に応えられるよう、努めてまいります」
森鴎外、博物館総長に
ここで東京国立博物館150年の歴史にも、同館のウェブサイトや『こんなに面白い東京国立博物館』(東京国立博物館監修/新潮社)を参考に簡単に触れておきましょう。
1872(明治5)年3月10日、旧湯島聖堂大成堂で開催された博覧会を機に「文部省博物館」として東京国立博物館の前身が発足します。翌1873年には、ウィーン万国博覧会参加のための博覧会事務局に博物館と現在の図書館にあたる書籍(しょじゃく)館が合併して内山下町(現、千代田区内幸町)に移転。その後、博覧会事務局は何度かの改称ののち「博物館」と称され、1882(明治15)年、上野の現在地に移転します。建物(旧本館)は英国人建築家コンドルが設計したものでした。
1900(明治33)年、「東京帝室博物館」と改称。1909(明治42)年には、皇太子(のちの大正天皇)の成婚記念として建てられた表慶館が開館しました。
興味深いのは、1917(大正6)年に55歳の森鴎外(本名、森林太郎)が帝室博物館総長に就任していること。亡くなる1922(大正11)年7月9日まで5年間その任務に当たっていました。『こんなに面白い東京国立博物館』にこう書かれています。軍服を纏った鴎外は朝六時より上野公園のベンチに腰を下ろし、博物館開館の八時を待った。この間、サーベルを微動だにしない。総長室に入ってからは調べものにふけり、五時の閉館とともに帰宅の途に着く。昼にはつねに牛乳と薩摩芋を食した。
厳粛な軍人としての雰囲気が感じられますが、決して近寄りがたい人物ではなかったらしく、当時の衛士は「お医者もやれば小説も書く 森と林で木(気)の多い人」という句も作っています。
森鴎外が亡くなった翌年の1923(大正12)年、関東大震災が発生し、旧本館などが損壊。当時博物館の管轄だった動物園は翌年、東京市へ下賜され、さらにその翌年、自然科学関係資料が東京博物館(現、国立科学博物館)などへ譲渡されます。佐藤さんがキリンはく製標本のことを話していたとおり、それまでは動物や植物関係なども展示されていたのですが、関東大震災をきっかけに、現在のような「美術博物館」として歩み出したわけです。
ちなみに、戦後初の特別展は「刀剣美術特別展」。占領下で最も問題になった美術品が刀剣でした。ポツダム宣言によれば、日本刀は連合軍に引き渡さなければならなかったのですが、美術的・歴史的に価値の高い日本刀の“助命”運動が起こりGHQにも認められたのです。この特別展は日本にとって、まさに特別な意味があったのでした。
あの有名絵画 実は国宝でも重文でもない!
2022年、東京国立博物館では前述の特別展のほかにも、多彩な特集が予定されています。本館2室で通年で企画されるのが特集「未来の国宝─東京国立博物館 書画の逸品─」。
会場となる本館2室は、
「例年であれば国宝を展示する『国宝室』と呼ばれる部屋。絵画・書跡の名品をゆったりとした空間で、こころ静かに鑑賞していただくため特別に設えた展示室で、当館所蔵あるいは寄託の国宝から選りすぐった作品を展示するというコンセプトのもと、およそ1ヵ月ごとに展示替えを行い、好評をいただいている部屋です」
と、同特集の担当者であり学芸研究部調査研究課絵画・彫刻室長の土屋貴裕(たかひろ)さんは話します。
「150年後、もしくはその先の未来、この部屋にはどのような作品が展示されているのだろう」という問いかけから、この国宝室では「未来の国宝─東京国立博物館 書画の逸品─」というテーマで展示を行うこととなったとのこと。
「わたしたち研究員が選び抜いたイチ押しの作品を『未来の国宝』と銘打って、年間を通じてご紹介していくという試みです。展示する作品は、平安時代の仏画から近代の日本画・洋画、さらには模本(著名な作品を後の時代に模写したもの)まで。作品のバラエティーの豊かさは、東京国立博物館コレクションの懐の深さを示すものです」
この特集のトップランナー(4月12日~5月8日)は菱川師宣筆『見返り美人図』。切手や教科書で誰もが一度は見たことがある作品でしょう。しかし、「実は国宝や重要文化財に指定されていません」と土屋さん。「こうした意外性もこの特集の企画意図のひとつです」と言います。
「この特集では、数万件におよぶ絵画、書跡、歴史資料の中から選び抜いた東京国立博物館コレクションの“逸品”をどうぞお楽しみいただければと思います。そして、ここで展示される作品以外でも、みなさんにとっての“国宝”を東京国立博物館の展示室で見つけていただけたら幸いです」
東南アジアの陶磁器も
3月23日から5月15日にかけて本館14室にて開催される特集「東南アジアのやきもの─収集と研究の軌跡─」では、東南アジアの陶磁器の逸品が展示されます。東京国立博物館が収蔵する東南アジア陶磁のうち、明治から大正、昭和のはじめにかけて収蔵された稀少な作品に注目し、近代日本における陶磁器研究の歴史をたどりながら、その造形的魅力を紹介するという本特集。担当の学芸企画部企画課特別展室主任研究員の三笠景子さんは、こう話します。
明治時代以降、鑑賞陶磁器として注目されるようになると、東南アジアを訪れた人たちによって新たなコレクションが形成されたそうです。「東南アジア陶磁、主にタイやベトナムで焼かれたやきものは、貿易を通じて日本にもたらされ、古くから親しまれてきました。鉄を成分とする褐釉(かつゆう。中国漢時代につくられた釉薬)をかけた素朴な壺、かめや、中国陶磁に倣った白磁や青磁、青花(せいか。白地に青い模様を施したやきもの)、五彩(ごさい。赤、黄、緑など上絵具で文様や絵を描いたやきもの)など、個性豊かでさまざまな特徴をそなえた製品があり、中には『宋胡録(すんころく)』や『安南(あんなん)焼』のように、茶の湯の道具に見立てられ、茶人のあいだで珍重されたものもあります」
「本特集では、明治末に外交官としてタイを訪れた吉田作弥(さくや)、戦前にインドネシアで事業を興した岡野繁蔵(しげぞう)、東洋陶磁器収集で名を馳せた横河民輔(よこがわたみすけ)らが集めた貴重な作品を中心に、東京国立博物館ならではの充実した東南アジアの陶磁器のコレクションをご覧いただきます」
展示機会が少ない近世仏画も
4月5日から5月29日まで本館特別1室・2室にて開催されるのは、特集「東京国立博物館の近世仏画─伝統と変奏─」。「本特集では、当館所蔵の江戸時代に制作された仏画をご紹介します。江戸時代の仏画は、制作当初の鮮やかな彩色や表装を残す作例が多いため、鑑賞性が高いだけではなく、当初の姿がわかりにくい古い時代の仏画を考えるうえで、大切な情報を今に伝えてくれます」。学芸研究部列品管理課平常展調整室研究員の古川攝一(しょういち)さんから、そう解説いただきました。
例えば、幕末に活躍した狩野一信(かずのぶ)筆『五百羅漢図』は、それより前の羅漢図や六道絵(ろくどうえ。地獄に代表される死後にめぐる6つの世界を描いた仏画)などを参考としつつ細部の図様にはアレンジを加え、さらに、遠近法を駆使した構図や陰影を強調した描写などもそれまでの羅漢図にはない特徴で、仏画らしからぬ奇妙な現実感が、怪しい雰囲気を生み出しているといいます。なにやら迫力満点の仏画が観られそう。百聞は一見に如かず、です。
なによりも、「江戸時代の仏画は展示する機会が少なく、まとまってご覧いただく貴重な機会」と古川さんは力説します。
「仏画というと平安時代、鎌倉時代といった古い作品を想起されるかもしれませんが、江戸時代の仏画には違った魅力があります。本特集を通じ、仏画が本来もっている華やかさ、表現の幅の広さ、造形の魅力をお楽しみください」
多彩な特集はまだまだ続く
そのほかにも、以下の特集が予定されています。
・彫刻や工芸、考古分野の逸品を同館の研究員が選んだ特集「未来の国宝─東京国立博物館 彫刻、工芸、考古の逸品─」(9月6日~12月25日、本館14室)
・模写・模造作品を中心に草創期の博物館の展示を紹介する特集「東京国立博物館の模写・模造─草創期の展示と研究─」(9月6日~10月30日、本館特別1室・2室)
・戦後初の購入作品の1つとなった国宝「松林図屏風」を紹介する特集「戦後初のコレクション 国宝『松林図屏風』」(2023年1月2日~15日、本館7室)
・収蔵当時の時代背景や博物館の活動を紹介する特集「時代を語る洋画たち─東京国立博物館の隠れた洋画コレクション─」(6月7日~7月18日、平成館企画展示室)
・広報活動の歩みを通して博物館の歴史を紹介する特集「つたえる、つなぐ─博物館広報のあゆみ─」(9月27日~11月6日、平成館企画展示室)
・「高円宮殿下二十年式年祭記念 根付 高円宮コレクション」(11月15日~12月25日、平成館企画展示室)
・特集「古代染織の保存と修理─50年にわたる取り組み─」(10月18日~12月11日、法隆寺宝物館第6室)
今年は、東京国立博物館イヤーを「これでもかっ!」というほど満喫しましょう。
※本記事は「和樂web」の転載です。