フロント・ロビーや廊下にアート作品を展示したり、アーティストが丸ごとゲストルームのインテリアを手掛けたり、いわゆる〈アートホテル〉と呼ばれる宿泊施設が世界で人気を集めています。ここ数年、日本にもその波が押し寄せ、あちこちに個性的なホテルが急増中。
アートは滞在の非日常感を演出するのに相性ピッタリ。ですが、アートホテルも数が増えれば……差別化はムズカシイ。そうした状況にあって東京・墨田区本所に2020年7月に登場したのが「KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS」(以下、KAIKA 東京)です。コンセプトは「アートストレージとホテルが融合した、コンテンポラリーアートの拠点」。
ちょっと、待って! ホテルと何が融合したって!? 実態を探るべく現地を取材してきました。
足を踏み入れた瞬間に広がる、現代アートのワンダーランド
隅田川を挟んで位置する台東区、墨田区、江東区を中心に東京の東へと広がる地域は、近頃はイーストトーキョーと呼ばれて注目のエリア。上野や浅草、両国といった超メジャーな観光スポットから、若手クリエイターらが古い工場や倉庫を改装して営むギャラリーやショップ、カフェなどで話題の蔵前、清澄白河まで、多彩な顔の町がいくつもあります。「KAIKA 東京」が立地するのは、下町らしさが残り新旧の魅力が混じりあう、墨田区本所の住宅街の真っただ中。ちょうど浅草や蔵前が最寄りの駅で、それぞれ歩いて10分ほどでたどり着きます。
1966年に建てられた地下1階、地上6階建ての元倉庫ビルをコンバージョン(用途変更)して、ホテルに再生した建物。シンプルな外観なので、私は最初、通り過ぎてしまいました(汗)。こざっぱりとした入り口の扉を開けると、出迎えてくれたのは…ドーン!
えっ? クマちゃん? そして右側には……
金網フェンスの中に収まる薬師如来三尊像が! しかも、段ボールでできてる?
のっけから、強烈なインパクト! ここが本当にホテルなの?といぶかりながら奥へ進んでいくと、確かにフロントデスクがありました。「テディベアも仏像も現代アートの作品です。テディベアの外側、緑の部分をよく見てください。なにか違和感ありませんか? そして、仏像が収まるスペースがアートストレージ、つまり収蔵庫です」。そう説明してくれたのは、「KAIKA 東京」を運営するリビタ ホテル事業部の上野智博さんです。
んん? 言われてみれば、テディベアの外側は……信楽焼で有名なタヌキのフォルムではないですか!
館内をアートで彩って「まるで美術館のような」と形容されるホテルは数あれど、ホテルの中にアートの収蔵庫を入れてしまったという施設は、これまで聞いたことはありません。いったい、誰が、どんな発想でつくることを決めたのでしょうか?
アートを収蔵しつつ、展示して、みんなが笑顔の「三方よし」を実現
ここからは、「KAIKA 東京」の企画を担当したリビタのプロデューサー、北島優さんに説明してもらいましょう。
――ホテルとアートストレージを融合させるなんて、驚きのアイデアですね。
北島さん(以下、北島):当初は1階に飲食店、地下にイベントスペースのようなものを入れるところから検討を始めました。しかし、立地的な観点から飲食店などの誘致が難しいことや、何らかの強いインパクトでホテルを目的施設化する必要があるため方針を改めました。また、窓がない地下は客室化ができません。そこで元倉庫だった建物の個性をそのまま生かして、「もの」を集め、それを見せることで問題点を解決できないかと考えたんです。
――はじめから、アートを収蔵することが思い浮かんだんですか?
北島:はじめはあらゆるジャンルのコレクターの倉庫として、モダン家具やレコードなどを収めることを構想しましたが、特に現代アート業界でアーティストやギャラリーが作品の保管に頭を悩ませていると当ホテルのパートナー、artnessの高山健太郎さんやグラフィックデザイナーの田中義久さんに聞きました。都心に構えるギャラリーも、多くは関東郊外に倉庫を借りているそうです。そこで、現代アートに特化することに決めました。アートストレージ自体は、業界ではさほど珍しいものではないようですが、それを見せてマネタイズする事例が増えつつあります。
――具体的には、どんな施設が収蔵庫を見せているのですか?
北島:企画を立てる際に参考にしたのは、オランダ・ロッテルダムで計画が進んでいたデポ・ボイマンス・ヴァン・ベーニンゲン(Depot Boijmans Van Beuningen/2021年11月開業)。隣接する美術館の収蔵庫で、それを開放してすべての作品を鑑賞できるようにした施設です。日本でも収蔵庫ツアーを実施している原美術館ARC(アーク ※)や、大阪・北加賀屋にある巨大作品の収蔵庫、MASK[MEGA ART STORAGE KITAKAGAYA]などがあります。
――そうは言っても、それらはそもそもが美術館であり、アートの収蔵庫です。世界中を見渡しても、〈アートストレージがあるホテル〉はここ「KAIKA 東京」だけですよね?
北島:そういうことになりますね(笑)。我々はホテルという場でアートの収蔵庫を見せることで、ホテル自体に展示作品を集めつつ付加価値付けができます。ギャラリーやアーティストには安価に倉庫を提供すると同時に作品発表の機会が、そしてゲストには美術館の裏側を覗き見るような特別な体験を提供できると考えました。
なんと、アートを楽しむゲスト、アートを見せるアーティストやギャラリー、アートを発信する場を提供するホテル、とだれにとってもメリットがある「三方よし」を成り立たせていたとは!
ユニークなホテルの名称「KAIKA」には三方よしを簡潔に表す3つの意味が込められています。ひとつは〈見せる収蔵庫〉を意味する「開架」。2つ目は、日本のアート文化を広め「開化」させたいとの思い。そして、アーティストの才能の「開花」をサポートする狙い。次のパートでは、3つ目の「開花」に関連する取り組みを詳しく紹介します。
日本の現代アートをけん引する目利きが審査する「KAIKA TOKYO AWARD」
才能あるアーティストの発掘を目的にホテルは「KAIKA TOKYO AWARD」を開催しています。作品を一般公募し、入選した作品は館内に約2年間収蔵展示するのです。冒頭に紹介したテディベアも2022年のアワード入選作のひとつで、永井天陽さんの『metaraction #10』。内と外が互いに主張しあい、同時に消し合う、という。なんともジワジワとくる作品。
1ホテルがアワードを開催するのも驚きですが、オープン2年目ですでに第2回を開催した実行力にも圧倒されます。審査員がまたスゴイ。1人は2020年からの審査員で東京藝術大学名誉教授、練馬区立美術館館長の秋元雄史氏。氏は、藝大卒業後、香川県・直島のアートプロジェクトにはじまり、金沢21世紀美術館館長、藝大美術館館長などを歴任して、日本の現代美術の現場を盛り立ててきた人物です。リビタとは氏が金沢21世紀美術館館長などを務めていた際に、同社のホテル「HATCHi 金沢」や「KUMU 金沢」をアートイベントや発信の場としたときからのつながり。
2022年の審査には小山登美夫ギャラリー代表の小山登美夫氏が加わりました。村上隆や奈良美智といった、いまや日本を代表するアーティストを世界に紹介したギャラリスト。「日本の現代アート・シーンをけん引してきたおふたりに作品を見てもらえるということで、2022年は291点もの応募がありました。コロナ下にあって多くは日本の作家たちですが、今回は台湾からも応募があり入選されました」と上野さん。いやぁ、それはそうでしょうね!
「書類審査を通過し、選考に残ったファイナリストは、自らどの場所に展示するかをホテルを下見して決め、その場所で審査員を前に最終プレゼンテーションが行われます」(上野さん)。現在、1階BAR KAIKAの壁面を飾る、3つの目をもつ三頭の龍がド迫力の六本木百合香さんの絵画作品『ENTER』が、2022年の大賞を受賞しました。六本木さんは東京藝術大学美術学部デザイン科の卒業生です。
続けて受賞作、入選作をご紹介。
紹介したほかにも、各階のエレベーターホールや客室の一部にも入選作が収蔵展示されていて、館内ではどこにいても自然体でアートに浸れます。「現在は作品を収蔵展示することで多くの人に作品を知ってもらう機会の提供にとどまっていますが、将来的には、この場所で気に入った作品を購入することにまで踏み込めたら面白いなと考えています」と上野さん。現代アートは難しい? そんなことは気にせず、とにかくダイブ! むちゃくちゃ楽しめるステイが実現できるはずです。
ホテル基本情報
ホテル名:KAIKA 東京 by THE SHARE HOTELS(カイカ トウキョウ バイ ザ シェア ホテルズ)
住所:東京都墨田区本所2-16-5
公式webサイト:https://www.thesharehotels.com/kaika/