上野の世界遺産「国立西洋美術館」。世界のル・コルビュジエが設計した建築の魅力とは?

ライター
中野昭子
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上野駅から美術館が立ち並ぶ一帯へ行くと、箱型のモダンな建築物が目に入ります。個性的なシルエットで忘れられないインパクトを与えるこの建物は国立西洋美術館。東京を代表する建築であり、世界遺産に登録されている同館は、美術館自体が美術品だと言えるでしょう。
以下、上野へ行ったら是非鑑賞したい国立西洋美術館について、歴史や見どころをご紹介します。

国立西洋美術館ってどんな建物?
実業家・松方幸次郎のコレクションを収蔵・展示する施設

国立西洋美術館は、名が体を表す「西洋美術全般を対象とする国立美術館」であり、西洋美術を対象範囲とするという意味では、日本で唯一の国立美術館とされています。

左側から国立西洋美術館を見たところ。広々とした前庭には、世界的に貴重な彫刻が設置されています。

国立西洋美術館がつくられたのは、実業家である松方幸次郎の功績によるものといえます。川崎造船所の社長だった松方幸次郎は、第一次世界大戦の時期、日本における西洋美術館の創設を目指してヨーロッパでさまざまなアートを収集します。その後、川崎造船所は経営的に破綻し、コレクションの一部は売りたてられました。また第二次世界大戦末期に入ると、フランスに保存していた作品をフランス政府から敵国資産として取り上げられます。

戦後、松方コレクションは条件付きで返還されることになったのですが、条件の一つが、松方コレクションや他のフランス文化財を展示するための専用の美術館で保管・展示を行う、という内容でした。その後さまざまな調整が行われ、上野の地で設計者をル・コルビュジエとして美術館を建築する、という結論に落ち着きました。こうして「日本における西洋美術館の創設」という松方幸次郎の悲願は、国立西洋美術館の設立という形で結実したのです。

設計したル・コルビュジエってどんな人?
20世紀の建築界の巨匠と謳われるレジェンド

それでは、国立西洋美術館の設計者、ル・コルビュジエとはどんな人だったのでしょうか?

ル・コルビュジエはスイス生まれで、フランスで主に活躍した建築家です。もともとスイスで時計職人を目指していましたが、視力が弱いために別の道を模索し、フランスで建築家として活躍します。なお、珍しいル・コルビュジエという名前は、建築論の執筆や建築家としてのペンネームで、本名はシャルル=エドゥアール・ジャンヌレといいます。

ル・コルビュジエが提唱した「近代建築の5原則」(ピロティ、屋上庭園、自由な平面、水平連続窓、自由な立面(ファサード))は建築の自由度を上げ、安くて量産可能な住宅づくりも可能にし、建築全般に大きな影響を与えました。この5原則は、鉄筋コンクリートを使い,装飾を抑制して合理性を追求するモダニズム建築の基礎となり、ル・コルビュジエはモダニズム建築の提唱者としてその名を轟かせます。

ル・コルビュジエの提唱した建築の構造は、現代日本の街並みでも普通に見ることができるものです。彼の芸術作品やその思想は、時代に沿って広く普及し、日常に広く浸透したのです。
なお、ル・コルビュジエの建築の中で、計7か国17件が世界遺産として登録されており、国立西洋美術館もその中に入っていますが、日本におけるル・コルビュジエの建築は同館のみとなっています。

ル・コルビュジエは建築家としてのキャリアで知られていますが、もともと画家になりたいと願っており、画家としての活動は本名で行い、建築家として有名になってからも午前中はアトリエで絵を描いていたそうです。
国立西洋美術館設立の際、日本政府がル・コルビュジエに設計を依頼したのは美術館だけでした。しかしル・コルビュジエは企画展示館や劇場ホールも含む複合施設の計画を提出したといいます。美術館設立におけるル・コルビュジエの熱意が高かったのは、ル・コルビュジエ自身が画家で、絵画や美術品が展示される空間への関心が強かったせいかもしれません。

国立西洋美術館という建物の魅力
歩いて楽しむ体験自体がアートになる美術館

国立西洋美術館の正面から建物を見ると、出入り口付近に壁がなく、柱だけで建物を支えているのが分かります。こうした構造は、ル・コルビュジエによる「近代建築の5原則」にも登場する「ピロティ構造」といい、1階部分に外とつながった空間が現れて軽やかな印象をもたらします。

左側から国立西洋美術館の出入り口付近を見たところ。外の空間とそのままつながっているようで、開放感がありますね。

国立西洋美術館1階は、屋上までが吹きぬけになった明るいホールです。こちらはル・コルビュジエによって「19世紀ホール」と命名された空間で、ロダンの彫刻が展示されています。(タイミングによっては企画展の一部になっていることもあります。)

1階から2階に上がるには、階段ではなくスロープを使用します。スロープによって空間は途切れることがなく、彫刻作品を眺めながら次の美術作品に出合うことができます。また、傾斜が緩いことで目線の高さの変化も遅くなり、普段とは違った景色の変化を楽しめます。
2階は螺旋状の回廊です。作品が増えた時に建物自体の拡張を可能にし、無限に作品を収蔵できる「無限成長美術館」という、ル・コルビュジエの発想に則った空間になっています。

国立西洋美術館は、外とつながりがあるピロティ構造のエントランスから入り、空間の変化を楽しみながらスロープを上がると、回廊になった空間で作品を味わう流れになっています。ル・コルビュジエの考えた筋書きに沿っているということで、美術鑑賞自体がアートになっているのです。
また、建物の前庭では、オーギュスト・ロダンの《考える人》や《地獄の門》、エミール=アントワーヌ・ブールデルの《弓をひくヘラクレス》などがパブリックアートとして公開されています。無料で世界的に貴重な名品を堪能できるとは、大変贅沢なことだと思います。

オーギュスト・ロダン《考える人(拡大作)》
制作年:1881-82年(原型)、1902-03年(拡大)、1926年(鋳造)

エミール=アントワーヌ・ブールデル《弓をひくヘラクレス》
制作年:1909年(原型)

展示内容と共に、歩いて楽しむ鑑賞自体をアートと捉えることができる国立西洋美術館では、企画展だけではなく常設展も大変見どころがあるものが開催されています。何度通ってもそのたびに新しい発見があり、充実した鑑賞体験を得られる国立西洋美術館に、是非足を運んでいただければと思います。

国立西洋美術館 基本情報

住所:〒110-0007 東京都台東区上野公園7番7号
公式HP:https://www.nmwa.go.jp/

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