MENU

東京藝術大学大学美術館とは?藝大コレクションの目玉作品も紹介!

ライター
米田茉衣子
関連タグ
上野 奥上野 藝大 文化施設

東京藝術大学に付属する美術館、「東京藝術大学大学美術館」。東京藝術大学の前身である、東京美術学校・東京音楽学校が創立した明治時代から今日まで、135年以上にわたって収集されてきた約3万件の資料を収蔵・展示する施設で、その本館は上野キャンパス美術学部の敷地にあります。今回は、美術館の歴史や多彩なコレクションの内容や見どころについて、クローズアップしたいと思います! 後半では、東京藝術大学大学美術館准教授で、博物館学の専門家である、熊澤弘先生にもお話をお伺いしました!

本館外観

東京藝術大学大学美術館ってどんなところ?

東京藝術大学大学美術館の歴史

東京藝術大学大学美術館の所蔵品の物品台帳上、最も古い記録は、「明治22年(1889)4月1日買入」というもの。これは、ちょうど東京美術学校が開校した年です。その内容は、生徒たちの作品制作や研究のための参考資料として収集された日本や中国の古美術品類で、これらの作品の大半は美術学校開校の準備期間から、岡倉天心が中心となって収集してきたものでした。

以後、東京美術学校では、生徒の参考になる美術品や指導教員の作品、また、生徒が在学中に制作した成果物などの収集が行われてきました。こうして集められた美術品は、「文庫」と呼ばれる図書館(資料室)内に保管されるようになり、ここでは東京美術学校の教員や生徒は必要に応じて資料を閲覧・模写することが可能でした。

大正時代の文庫の様子(写真提供:東京藝術大学)

昭和4年(1929)には陳列館(現存)が完成し、所蔵品展示が定期的に行われるようになりました。昭和24年(1949)に東京美術学校と東京音楽学校の2つの学校が統合され、「東京藝術大学」が開校した後は大学付属図書館で所蔵品の管理を担っていましたが、昭和45年(1970)には学内共同利用施設として、「芸術資料館」が正式に発足し、これによって、それまで学内の関係者の目にしか触れることのなかった所蔵品が一般の人びとにも公開されることとなったのです。

平成10年(1998)には、収蔵庫や展示スペースの拡大などを目的とした、現在の美術館本館が完成し、「東京藝術大学大学美術館」へと名称も変更されました。

本館+3つの分館の特色

東京藝術大学大学美術館には、本館と3つの分館があります。それぞれの美術館の特色をご紹介します!

●本館

東京藝術大学大学美術館のメインギャラリー。地上3階、地下4階の建物に、4つの展示室と収蔵庫、研究管理部門があります。建物の総合監修は、藝大卒業生で教員も勤めた建築家・六角鬼丈(ろっかくきじょう)。年間を通じてさまざまな企画展を開催しており、館内には一般の方でも利用可能なカフェ、ミュージアムショップも併設しています。(カフェ、ショップは企画展期間中のみ営業)

●陳列館

昭和4年(1929)竣工。本館の隣に立地し、本館ができるまでは芸術資料館のメインギャラリーとして親しまれてきた展示室。現在では、卒業・修了作品展で使われているほか、藝大の研究室や教員を中心とした企画展示が開催される、自由度の高い展示スペースとして利用されています。企画展開催中は一般の方でも入場・観覧可能。

●正木記念館

昭和10年(1935)竣工。陳列館の隣に立地する、第5代校長・正木直彦氏の功労を記念して建築された建物。近代和風様式の鉄筋コンクリート造で、2階には日本画を陳列するための書院造の和室が設けられています。普段は非公開ですが、藝大の卒業・修了作品展や研究室主催の企画展などの開催時には入館することができます。

●取手館

平成6年(1994)に、上野キャンパスの収蔵庫不足を解消することを主な目的として、取手キャンパス(茨城県取手市)の構内に建設された施設。建物のところどころには藝大の教員による作品も設置されています。通常非公開ですが、研究室のイベント時などには公開されることもあるそうです。

こんな展覧会を開催しています!

企画展ポスター

メインギャラリーである本館では、大学美術館が企画運営する大規模な展覧会のほか、藝大主催の卒業・修了作品展(1月下旬~2月初旬)、博士審査展(12月)、各学科主催の展覧会など、さまざまな企画展が開催されています。

大学美術館が企画する展覧会は、藝大コレクションを紹介する所蔵品展をはじめ、各教員の専門分野に関する展覧会や学外組織と共同で企画した展覧会など、「美術教育の場」という観点に立って企画された質の高いものばかり。毎年、開催されている、大規模な所蔵品展「藝大コレクション展」は、多彩な所蔵品の一部がお蔵出しされ、美術を勉強する学生やアートファンが藝大コレクションに触れることができる貴重な機会となっています。

多彩な藝大コレクション、一体どんなものがあるの?

明治時代から収集され続け、今や総数約3万件という、日本美術の巨大宝庫「藝大コレクション」。「藝大コレクション展」ではその一端がかいま見られるものの、一体どんなものが所蔵されているのか、その全貌が気になる~! ということで、藝大コレクションの特色を、東京藝術大学大学美術館で所蔵品の保存・管理や企画展の企画を担当されている、東京藝術大学大学美術館准教授・熊澤弘先生に教えていただきました!

──約3万件所蔵されているという藝大コレクションですが、ざっくりと言ってどのようなものがあるのでしょうか……?

一言では当然言えないのですが、まず、一番はじめは「教材」という側面がありました。歴史的な背景として、東京美術学校の開校前から参考用の美術品が数多く集められていたんです。これは東京美術学校では、「実物を使う」「実物から学ぶ」ということを重視していたためです。今でしたら、 授業でPowerPointを使って作品を見る、といったこともできますが、当時はそういう時代ではなかった。そのため、学生の制作や研究の参考になる作品、有名な作品の模写なども含めて、多くの作品が教材として収集・保管されるようになりました。こういった教材的目的で収集された作品群というのがまず一つあります。

そして、もう一つの大きな作品群として、卒業制作など学生が在学中に制作した作品を大学で買い上げて保存しているものがあります。卒業制作の保管は、東京美術学校の最初の卒業生の時に始められて、その中には例えば日本画の横山大観など、著名な作家の卒業制作も含まれています。絵画、彫刻、工芸、時代が変わってくると新しい学科の人たちの作品も加わり、過去の学生たちの作品が数多く保管され続けているという歴史があります。

──やはりジャンルとしては、主に藝大に学科があるカテゴリーがメインなのでしょうか。収蔵品データベースを拝見すると、東洋画真蹟、東洋画模本、西洋画、版画、書跡、彫刻、金工、漆工、陶磁器、染織、建築、考古、デザイン……。

そうですね。「教材」としての側面がありますので。このカテゴリー分けは美術学校時代からのもので、「東洋画真蹟」というのは、ちょっと堅苦しい言い方をしているんですけれども、日本や中国、韓国といった東アジアの美術のオリジナル作品で、この中には国宝や重要文化財も数多く含まれています。「東洋画模本」というのはこういったものの模写になります。

──なるほど。音楽の資料もあるみたいですね。これは楽器などでしょうか?

東京音楽学校の「楽器掛」という場所で管理していたものを少しずつ移管したものがメインです。その中には、西洋系のピアノなどもありますし、民族楽器や日本の琴などもあります。

──藝大コレクションの中で、特に代表的な作品を教えてください。

まず一つ目は、こちらの『絵因果経(えいんがきょう)』です。

『絵因果経』(部分)奈良時代 国宝(2022年8月6日(土) ~ 9月25日(日)開催「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」出展予定作品)

これは天平時代の作品で、国宝に指定されています。下段には、釈迦の前世から成道にいたるまでの半生を説いた経文が縦に書かれていて、上段では絵でそれぞれの場面を説明しています。藝大コレクションの中でも最も歴史の古い作品で、東京美術学校の開校時に収集された作品の一つです。作品保護の観点から長期にわたって展示することは難しいのですが、春に藝大コレクション展を開催する際は、新入生歓迎の意味合いも込めて公開させていただくことが多いですね。

次に、こちらの 『悲母観音』という作品も藝大美術館の中で重要なものの一つです。

狩野芳崖『悲母観音』明治21年(1888) 重要文化財

この作品も東京美術学校の最初期の歴史と言えるのですが、作者は近代美術の初期に活躍した狩野芳崖(かのうほうがい)。岡倉天心やアーネスト・フェノロサたちとともに、東京美術学校の開学の準備に向けて尽力した日本画家の代表作です。「観音」というタイトルを持ちながら、西洋的な人物像と日本の伝統的な観音様の図像の両者がせめぎ合っています。この「せめぎ合い」が日本の美術においてすごく重要な問題になっているんですけど、それに対する狩野芳崖の見せた一つの表現と言えます。実はこの作品は狩野芳崖の絶筆になったのですが、芳崖は生前岡倉天心のビジョンをよく聞いていた人物の一人なので、東京美術学校開設時の芳崖のビジョンが具現化された作品の一つと考えられると思います。

高橋由一『鮭』1877年頃 重要文化財(2022年8月6日(土) ~ 9月25日(日)開催「日本美術をひも解く―皇室、美の玉手箱」出展予定作品)

一方、こちらは洋画の作品で、作者は高橋由一(たかはしゆいち)です。東京美術学校が開校した時は伝統的な日本画の学科だけで、西洋画科はありませんでした。後に要望が高まって西洋画の学科ができ、最初の先生は黒田清輝でした。黒田清輝たちは西洋画の勉強の参考になる模写や自分の作品、あるいは重要な先輩の作品を集めて教育に使っていて、この作品もその内の一つです。西洋画科が開科した初期に収集された作品です。

──美術の教科書で見たことがある作品ですが、この絵の見どころを教えていただけますか……?

これって、日本でいわゆる油絵の技法を使っている作品の第1世代なんですよ。由一は江戸時代の生まれで、彼が画家として作品をつくるようになった時に明治時代になったんですね。その当時、油絵は噂だけのものでした。教科書も英語やオランダ語のものしかなく、油絵具のチューブもない時代。そんな中、「油絵で物を描いた」日本における最初期の作品なんです。

もう一つの特徴は、絵を見ていただくと額になっているというのがお分かりだと思うんですけれども、形がすごく縦長で、暗いところでぼーっとこれを置いておくと「おっ? 実物か?!」と思うようなちょっとドキッとさせる表現でもあるんですね。明治初期のリアリズム表現の一つの形だと言えるでしょう。

「美術」という日本語は英語の「Art」、ドイツ語の「Kunst」が翻訳されて明治時代に生まれた言葉なんですが、東京美術学校が生まれた明治時代というのは、その「美術」という制度が日本の社会の中でできてきた時期です。 先ほどの狩野芳崖の「悲母観音」も、こちらの高橋由一の「鮭」もまさしくこの時代の作品で、「美術」というものが日本に成立した時代の日本画と洋画、それぞれの代表例なんです。

さて、こちらの作品はどこかでご覧になったことがあるかもしれませんが、京都の女流画家・上村松園の代表作「序の舞」です。

上村松園『序の舞』 昭和11年(1936)重要文化財

上村松園も東京美術学校が開校した頃に活躍した画家なんですが、でも、実は上村松園という人は東京美術学校に直接的な関係がない人なんですよ。本作は国で主催している「文展(文部省展覧会)」の出品作で、国で買い上げられた作品なんですが、この『序の舞』を含めて、約20年の間、文展の重要な作品のいくつかが東京美術学校の管理品になったという歴史があります。この時代、東京国立近代美術館や京都国立近代美術館など、国の近代美術館はまだ存在しておらず、文部省が当時の優秀な作家の作品を買い上げて、その中の一部が東京美術学校で保管されていたということです。

──なるほど。東京美術学校が日本の近代美術……、当時としては「近代」ではなくて、「現代」というか最先端だったとおもうんですけど、美術の中核地になっていた歴史があって、藝大コレクションにはその足跡的作品が遺されているんですね。他に、「藝大ならでは」の変わった作品はありますか?

そうですね……、こちらの作品などはいかがでしょう?

──こ……、これは何でしょう……?

今までご紹介したのは絵画の学科の関連作品でしたが、藝大にはデザイン科もあるんですね。かつては図案科と呼んでいました。この作品は大正時代に東京美術学校の図案科に在籍した、長安右衛門(ちょうやすえもん)の卒業制作で、タイトルは『懊悩(おうのう)』です。昨年の藝大コレクション展に出展した作品ですが、なにしろサイズが2メートルぐらいあって、展示するとなかなか迫力があります。 絵のイメージとしては仏画風なんですが、よく見ると、小さい人というか針人間みたいなものがたくさんいますよね。

長安右衛門『装飾文様(懊悩)』 昭和2年(1927)

この作品は関東大震災の4年後に描かれた作品です。学生はおのおの自分の想像力を爆発させて、日々さまざまなものをつくっていているんですけれども、同時に世相と言うか、それぞれの時代の空気を図らずとも示している言えると思います。こちらの作品はそういった学生の作品の一端としてご紹介しました。現在、大学美術館で保管している学生の作品はおよそ1万件にもなっています。この中には、卒業制作とは別に、学生の描いた自画像も保管しています。

萬鉄五郎『自画像』明治45(1912)年

──こちらは、どなたの作品でしょうか?

これは、洋画家の萬鉄五郎(よろずてつごろう)が昭和45年の卒業時に描いた自画像です。東京近代美術館にある、有名な作品『裸体美人』(重要文化財)と同時代に描かれた作品です。あの『裸体美人』も藝大の卒業制作なんですよ。

学生が自画像を描くようになった経緯は正確には分かっていませんが、西洋画科の主導者であった黒田清輝がやり始めたシステムと考えられています。黒田清輝自身フランス留学時に、レンブラントなどの古い人物像を模写しています。また、さまざまな文献を見ると、自画像の重要性を述べている部分があるので、そういう繋がりから始められたと考えられます。この自画像制作のシステムは今も続いていて、今では約6千件も所蔵されています。

──凄い数ですね。今は何年生が自画像を描かれているんですか?

学部の4年生ですね。日本画科、油画科、彫刻科、工芸科でもやっています。

──4年生の時に自画像を描くというのはいいタイミングに思えますね。学生生活の終わり、これから社会に出ていく、というタイミングで自分自身を見つめ直すというか……。

そういう、ある意味ら「自らを顧みる」という意味合いはあると思います。東京都美術館で、卒業制作の作品を展示する際は、横に自分の自画像も展示しています。

──過去の展覧会の資料を拝見すると、熊谷守一、藤田嗣治、小出楢重、佐伯祐三、小磯良平……、錚々たる作家の学生時代の自画像が掲載されていますが、「自分の本質とは何か」ということと、「自分をどう見せたいか」という、それぞれの画家の葛藤が見られて面白いですね。

そうですね。今、現代美術で活躍している方の作品もあるんですけど、「若い時はこういうことしてたのね」みたいな作品もあります。この自画像の作品群も藝大コレクションならではの特色の一つではないでしょうか。何しろ、3万件もあるので語り尽くせない部分はありますね(笑)

東京藝術大学大学美術館 基本情報

住所:〒110-8714 東京都台東区上野公園12-8
ホームページ

おすすめの記事