2022年、『売れないマンガ家の貧しくない生活』という本が出版されました。キャラはラフスケッチのようなシンプルな線で描かれ……でもなんだか妙に味がある!? そう、川崎さんは学部+院で学んだ藝大OBなのです。
謎すぎる肩書の川崎昌平さん
川崎昌平さんの肩書は、文字だけでみると謎に満ちています。
新刊本には、
「1981年生まれ。東京藝術大学修了。京都芸術大学通信教育部芸術学科文芸コースおよび東京工業大学、昭和女子大学非常勤講師。主な著作に『重版未定』(全3巻)や『心を守るための99の方法』などがある」
とプロフィールが記載されています。
ここに挙げられている『重版未定』という本も、風変わりな名作です。
それまで、『働きマン』(大手出版社の女性記者の話)、『重版出来!』(大手出版社の漫画編集者の話)、『校閲ガール』(大手出版社の女性校閲者の話)と、出版業界漫画が続いて発行される中、男性が主役(たぶん)+舞台は弱小出版社で、「本が売れない」「誤植を出す」など、キラキラ系や熱血系とはほど遠いストーリー展開。
川崎さんについてさらに調べると、『流されるな、流れろ!―ありのまま生きるための「荘子」の言葉』のような文字モノの著作もあり、2007年、「ネットカフェ難民」で流行語大賞を受賞したとか。さらに、研究者の情報を集積するデータベース「リサーチマップ」にも掲載されています。
これって同じ1人の人なの? 活動の幅が広すぎる川崎さんの私生活が、『売れないマンガ家の貧しくない生活』で明らかに。新刊本を片手に、オンラインでインタビューしました。
編プロ勤務から編集者生活スタート
――川崎さんの経歴はかなり異色ですよね。藝大を卒業してからの活動について教えてください。
川崎さん:2006年に修士課程修了後、研究者やニート、引きこもりを経て、2011年に編集プロダクションに就職しました。すでに『ネットカフェ難民』という単著がありましたが、編プロ時代は個性を出さず、料理本などを編集していましたね。その後、映画関連の本を出している出版社に転職しました。
――編プロや出版社に勤めていたときに手掛けた本で、印象的なものは?
川崎さん:2015年に出した『アニメーターが教える線画デザインの教科書』という本です。著者は同人誌即売会で見つけました。
――出版社社員として本を作りながら、同人誌を作り出展し、さらにその即売会にて編集者目線で新しい作家の発掘をするなんてことが可能なのですか?
川崎さん:「いろいろやっていて忙しそうだね」ってよく言われます。ただ、編集工程を終える「校了」時は、仕事が終わらなくて会社に泊まることもありました。
――藝大卒業生にとって、編集者という進路は合っているかもしれませんね。芸術に対する素養がありますから。
川崎さん:実際、編集者は少ないですが、何人か藝大出身の方を知っています。漫画家は意外といて、『ブルーピリオド』の山口つばささん、『とんがり帽子のアトリエ』の白浜鴎さんなどですね。以前、御茶ノ水の書店で、山口さんの本と白浜さんの本と僕の本を3冊並べて置いてくれていたのを見たときは『書店員さん、よく知ってるなあ!』と嬉しくなりました。
――京都芸術大学、東京工業大学、昭和女子大学の講師という肩書もありますね。
川崎さん:勤めていた会社を辞めようと思い、頑張って転職活動をした結果です。「僕、絶対会社に向いていない」とわかったので、大学教員にしかなりたくなくて。
写真にデッサンに、藝大おもしろすぎ!
――大学教員になると決めて実現するのがすごいですし、編集者・著者・漫画家など、できることがたくさんあって器用ですね。
川崎さん:要領の良さ、タイミングの良さはあると思います。受験のときも、勉強もせず滑り止め感覚で現役合格してしまって。今から考えると怖いんですが、入学して一発目の授業で新宿美術学院やすいどーばた美術学院で知らない者がいないってぐらいの天才たちの隣でデッサンをすることになって、「おまえら何食ったらそんなに絵がうまくなるの?」って(笑)。
――劣等感や挫折感はありませんでしたか?
川崎さん:劣等感って、「藝大生を一生懸命やろう」という目標があるから抱くものでしょう。その点、こだわりがない分、授業は楽しめたし、みんなを毎日すげえって思えるし。当初は仮面浪人して東大文科三類を受け直そうかと考えていたんですが、来週は写真の授業か、現像ってこうやるのか! など、藝大おもしろすぎて!
なんとか表現者やっていけてるぜ
――『売れないマンガ家の貧しくない生活』は、奥様視点で語るコミックエッセイですね。出版界お仕事漫画でなく、家庭のお話が中心なのは新しい作風かと。
川崎さん:以前は、「表現者として1人で生きていかなきゃ」という心理的プレッシャーがあったんですが、結婚したことで少し楽になりました。妻も仕事をしていて、僕が一方的に養ってるわけではありません。相互に依存しないながらも、お互いに責任を持つことができるのは結構いいなあと思っています。
――作中でも楽しい家庭生活が描かれていますね。「何かを残すために人は生きるのだろう―― 心とか、言葉とか、子どもとか。」という一文が今の川崎さんを象徴しているようです。これ以上書くとネタバレになってしまうので、あとは本でお読みいただきましょう!
取材の終わりに、素敵なメッセージをもらいました。
「自分のほかに優秀なやつとかが目についてつまんないな、って落ち込むことがあるかもしれない。でも、作り続ければ最終的に勝ちかなって思うんです。もちろん、勝ち負けの世界ではないんですけど。卒業して16年ほどたちますが、表現やめちゃった同期をたくさん見るにつけ、悲しいというか、寂しいというか、そんな気持ちになってしまうので、『やめないでくれ!』って応援したくなりますね。俺みたいなやつでもなんとか表現者やっていけてるぜ!? って」。