現存する世界最古のオーケストラとも呼ばれる日本の伝統音楽「雅楽(ががく)」。雅やかで、ややもすると堅苦しい感じがする雅楽を「お笑い」と融合させているのが、「R-1」グランプリファイナリストでもあるカニササレアヤコさんです。2022年4月からは東京藝術大学音楽学部邦楽科で雅楽を学ぶ彼女に、雅楽の魅力を徹底的に語ってもらいました。
「R-1」決勝に進出した時、実は…
——今年から東京藝大の学生として雅楽を本格的に学んでいるそうですね。
カニササレ はい、20代も後半なんですが、もう一度大学生に戻って学び直そうと思って藝大に入りました。「R-1」グランプリでは決勝まで出させていただいたんですが、実はそれまで笙(※)を使ったお笑いをやっていながら、笙の演奏はカルチャーセンターなどで数年学んだ程度だったんです。
そんな感じなのに突然テレビに出させていただくようになって、まともに演奏もできない自分が人前に出ることになってしまい、内心「やばい!」と思っていたんです。もともと雅楽には興味がありましたし、雅楽を広める活動がしたいと思ってはいたのですが、その前にそもそも基礎も固まってない状態で、人に広めたいとか、新しいことをやりたいって言っても、それはどこか嘘になってしまうのではないかと思ったんです。
——とても真面目に雅楽に向き合っておられるんですね。雅楽には昔から興味があったのですか。
カニササレ 母が雅楽演奏家の東儀秀樹さんに影響されて、たまたま近くにあった教室で篳篥(※)を学び始めたとき、私も子供でしたがそこについて行っていたんです。それで、私は笙をやってみたいと思うようになりました。
それでカルチャーセンターに通い始めたのですが、やはり自分のペースでやりたいなと。2019年からはお師匠さんについて勉強していました。
藝大に進学した理由
——雅楽って、学びたいと思っても学べる場所がなかなかなさそうですよね。
カニササレ 私は雅楽自体は当時から好きで、都内にも寺社や民間の雅楽団体があるのは知っていたのですが、芸人という肩書もあって迷惑がかかるのも嫌で長いこと「放浪」していました。
ただ、自分の中ではやはり雅楽を広める活動をするのであれば、ちゃんと古典をしっかり勉強したいと思って、まずは演奏のベースとなる部分をつくった上で、新しいことをやりたいと。
それに、雅楽演奏者の人たちとももっと信頼関係を築いていきたいし、お笑い芸人であっても雅楽に対しては真面目に取り組んでいるところも示したかったんです。それで、思い切って藝大を受験しました。
——実際に入学してみてどうですか?
カニササレ 教えてくださる方がすごい先生たちばかりで、ずっと前から読んでいた本の著者に直接講義してもらえるなんて夢みたいだと思いながらほぼ毎日通っています。「先生、こういう説も聞いたことがあるんですけど、出典はどこなんでしょう?」と聞いたときも「それは〇〇時代の◻◻の本に載っていますよ」とその場で即答してくれるので、「すごい!」って毎回興奮しています。
これまでは一人で練習することがほとんどだったので、古典の合奏ができることも、とてもうれしいです。学内の発表会や試験合奏が前期と後期であるので、毎週そろって稽古しています。
ただ、東京藝大でも邦楽科で雅楽を専攻してる生徒は5人だけなんです。
——そんなに少ないのですか。
カニササレ はい。毎年1人入学してくるくらいで、今年は久しぶりに私を含めて2人入ったそうです。皆経験があって邦楽科に入っていますが、やっぱり幼い頃からやっている人は基礎が違うなと感じます。
「特殊過ぎる」雅楽のリズム
カニササレ 雅楽って、どの楽器を演奏するにしても、まず唱歌(しょうが)からなんです。正座して足を叩いてリズムを取りながら、譜面の通りに歌う。そうやって曲を覚えていくんですけど、誰だって楽器がやりたいと思うじゃないですか。でも、それを小学生や中学生の頃からじっくりやってきた人たちは、違うんですよね。
——雅楽にもさまざまな曲がありますが、カニササレさんのお気に入りは?
カニササレ 雅楽の曲の中には、変わった拍子の曲があるんです。例えば平調『陪臚(ばいろ)』は、舞があるときには2拍子と3拍子が交互に繰り返される5拍子です(※)。西洋音楽でもたまに拍子が変わることがありますけど、なかなか聞かないですよね。こういう珍しいリズムの舞は、結構ノリノリな感じがしておもしろいです。私、変則的な拍子がすごく好きなんですよね。
以前に一度、洋楽と雅楽を合わせてみようということをやったことがあるんですけど、洋楽の人たちにとっては雅楽のリズムが特殊すぎて驚かれました。4拍子でも、4拍目と1拍目の間には間があるんです。シンプルな「いち、にい、さん、し、いち……」ではなくて、「いち、にい、さん、しい〜、いち……」というふうに間があるんですね。
そのリズム感は、唱歌を通じて体に染み込んでいると自然に感じるんですが、そうではないとすごく違和感があって。そう思うと、日本の伝統音楽って、歌うこととともに発展してきたんだろうな、歌が染み込んでいる状態ありきの音楽だったんだろうなと思います。
雅楽には指揮者がいない
——雅楽は「現存する世界最古のオーケストラ」とも言われますよね。
カニササレ 雅楽は奈良時代に朝鮮半島や中国などから伝来した音楽や舞が、独自の音楽や舞の文化を持っていた日本で受容されて、平安時代になってほぼ今の形になったと言われています。なので、雅楽を深く学んでいくと、宗教と密接に絡んできた歴史や平安時代の文化、さらには伝来した当時の大陸のことなども知ることができて楽しいです。
たとえば『抜頭(ばとう)』という曲も私は好きなのですが、これは雅楽の中でも現在のベトナムから伝わった『林邑楽(りんゆうがく)』の一種で、真っ赤な面を付けて舞う舞楽です。清少納言が『枕草子』の中でも触れているくらい平安時代からよく知られている曲なんです(※)。
赤い面をつけて舞う由来には2つの説があって、一つは嫉妬に狂ったお后さまを表しているとする説。もう一つは猛獣に父親を食い殺された息子が、復讐を果たした様を表しているとする説。二つの説があることを知ったうえで、改めて舞を見てみると、また違った見え方ができたりしておもしろいです。
雅楽には指揮者がいないので、それぞれが互いの音をよく聞いて心を合わせることで一つの曲を作っていきます。その中でも笙は、17本の管の組み合わせによって生まれる重音がすごく美しいし、合奏でも笙が篳篥や龍笛よりも半拍だけ早く音を変えるんですね。主旋律を奏でるのは篳篥ですが、実は笙が曲の進行をリードしているというか、全体の空気感をつくっていたりもするんですよね。笙が半拍先に間違うと篳篥もつられてしまうので、責任は結構重大です(笑)。
——お笑い芸人としての道と、雅楽演奏家としての道、どちらかを進んでいかねばならないとしたらどちらを選びたいと思いますか?
カニササレ 今やっているYouTubeもいろいろな方に観ていただけているのですが、それも雅楽や笙のことをもっと知ってもらいたいという気持ちで続けているんですね。その点、お笑いという入り口が一つあると、普段は雅楽に興味のない人も含めてすごくいろいろな人に伝わりやすいと思うんです。だから、雅楽を広めるという活動の一環としても、お笑い芸人の活動は続けていきたいなと思っています。
ただ、「R-1」の決勝に出させてもらったり、「細かすぎて伝わらないモノマネ」にも出させていただいたり、これまで自分のやりたいと思っていたことはありがたいことに結構できたんですよね。なのでこの後の人生は、雅楽に身を捧げちゃってもいいかなとも思ってます。
雅楽のハードルを下げるのが「私の役割」
——そこまで考えているんですね。
カニササレ これまで私、「あれもこれも」という感じで、常にいろんなことに手を出してきたんです。お笑いは中学校の文化祭で友達と漫才をやったのがきっかけでハマってしまったのですが、そのほかにもアルゼンチンタンゴもやったし、バンドネオン(蛇腹楽器の一種。ボタンが70以上あり「悪魔の楽器」と呼ばれる)に手を出したこともあって、結構収拾がつかなくなってました(笑)。
それが今、雅楽芸人というところにようやくまとまってきたかなという気がしています。それくらい、雅楽に対しての自分の中の比重は重くなっていて、それは雅楽が日本にとって非常に大切な文化であることと同時に、やり手がいなければ衰退するかもしれないという部分もあって、だから自分にできることもあるんじゃないかと感じるんです。
私のような立場ではおこがましいかもしれないのですが、文化は常に進化していかないと、だんだんと衰退していくもののように思うんです。 だから、伝統はしっかり守りながら、新しいことも並行して進めていけたらいいなと思ってます。
私の役割は、雅楽のハードルを下げることというか、雅楽を知らない人にも面白いと思ってもらえるような「入口づくり」だと思っているので、これから人生をかけて、雅楽のためにやれることをやっていけたらいいなと思っています。