7月16日から開催中の「密 IX〈ミックス〉取手校地工房スタッフによる、創造の思索展」で、合計40点余りもの大量の作品を出品されているのは、金工工房鋳造室で助手を努める石川将士さん。金属加工に使われる薬品の匂いも漂う町工場のような工房内で、きさくにインタビューに応じていただきました。
■今回は非常に多くの作品を展示されるのですね。
石川将士さん(以下、「石川」と表記):今回は他の作家さんとのコラボレーション作品も合わせて全部で40点くらい出品します。僕はもともと量を作りたいタイプなんです。数で見せたい、という思いがあって、修了制作のときは300点以上のレリーフを壁一面にバーっと貼り付けて展示しました。
■今回の作品群に込めたコンセプトや思いをお聞かせ頂けますか?
石川:今回の展示では、ほとんどの作品が3Dプリンタで原型を作っているのが一つの大きなチャレンジだと思っています。3Dプリントで作られたものを原型にして金属を鋳造することはジュエリーや歯科技工などの分野ではすでに普及しているのですが、鋳金での作品制作に応用できないかと思って、去年からずっと研究していました。3Dの技術と鋳金は相性が良いと思うんですが、美術系で使っている人はまだあまりいないので。
■3Dプリンタで作品制作ができてしまうんですね!
石川:もともとレジ用の40メートルぐらいのジャーナル(※テープ状に巻かれた。レジ用のレシート用紙)に、延々と水性ペンでエスキースしたものを見ながら作品にしていたのですが…。
■まるで、小さな絵巻物みたいですね!!
石川:ずっとこれを夜な夜な描いています(笑)。あとからこれを見返して、どれにしようかな……といった感じで大量に制作していくスタイルです。
■なるほど!すると、大量に作りたい……という目的がまずあって、その際に少しでも工程を効率化するために3Dプリンタの導入を検討されたのですね?
石川:そうですね。時間とお金があれば、いくらでも作りたいんです(笑)。でも、予算と時間は限られていますので、その中でクオリティを上げながら制作時間を短縮できるか、と考えて、一部の工程で機械の力を借りながら制作する、という発想になりました。全てを3Dに頼ってしまうと機械的な形になりすぎてしまうので、あくまで造形補助的な活用ではあるんですけどね。無機質な表情になってしまわないように、出来上がった原型の表面に細かく表情をつけるようにしています。
■今回使われている素材はなんですか?
石川:真鍮やブロンズ、鋳鉄など色々使っています。作品で黒くなっているところは薬品で着色しています。金属の地の色を出したいところは、しっかり磨きます。磨いた時に出る色あいから、素材を選んでいきますね。素材によって特性が違うので、技術的な難易度も変わっていきます。たとえば真鍮は銅と亜鉛の合金なんですが、溶解して鋳型に流し込んだ時に、亜鉛が燃焼してガスになりやすいので、型の内部でガスが発生して表面がガサガサになりやすいんですね。
工房で制作中の作品を拝見。溶接跡がまだ生々しい。
■表面が粗くなったり、汚くなったりするわけですか?
石川:そうです。だから、出来上がってから今度は溶接で欠陥部分を盛ったり、削ったりすることもありますね。
■そもそも、鋳金での金属彫刻は、どのようにして制作するのですか?
石川:鋳造法には様々なものがありますが、代表的なものとしてロストワックス鋳造というものがあります。これは原型を焼失させる鋳造法です。粘土で塑像したものから型取りをして蝋に置き換えたり、直接蝋で造形したりする場合など、原型の制作手順も色々あります。
加熱して燃える素材であれば原型になり得るのですが、今回はその工程を3Dプリンタに置き換えているんです。蝋のかわりに、燃やすと溶けやすいPVB樹脂(ポリビニルブチラール)を3Dプリンタで出力しています。ここに「湯道」と呼ばれる金属を流し込むための道を付けていき、これを石膏で覆って焼成すると、樹脂だけが燃え尽きて、鋳造用の石膏型ができます。そこに、今度は熱して溶けた青銅や真鍮を流し込み、冷やしてから型を壊せば、ひとまず金属になります。
工房で制作中だった学生さんの蝋で作られた原型。通常はこのように手作業で作っていくが、石川さんはこの工程を3Dプリンタで行う。
工房内で「生型鋳造法」という方法で金属を鋳造している風景。
金属が熱く燃えたぎる様子が生々しいですね。(写真ご提供:石川将士さん)
こちらも、「生型鋳造法」で金属がドロドロに融解する様子を撮影。迫力満点です。
(写真ご提供:石川将士さん)
■なるほど…。いくつも工程があるのですね。ちなみに、今回3Dプリンタを制作工程で応用してみていかがでしたか?
石川:樹脂での出力までは自動ですが、そこから先の工程は従来どおり手作業なので、結局大変であることには変わりないのだなとわかりました(笑)。でもやっぱり造形分野の最新技術として、知っておいて良かったとは思っています。寂しいですが、長い目で見るといずれ型取りの大部分は3Dスキャンなどの技術に置き換わっていくと思いますし。また、最新のテクノロジーを使う一方で、現場では土にまみれて制作するというギャップも好きですね。最新のものと原始的なものと併用することで、機械ではできないものがあるのだとわかります。ある意味、人の手でないとできないものを見極めるために3Dプリンタを活用しているところもあります。
■3年前に藝大アートプラザに出品された作品でも感じたのですが、石川さんの作品は立体なのに平面的な印象があったり、グラフィックアートみたいであったりと、有機的な形が印象的だと思います。
石川:平面的な感覚が強いのは、書道家の母からの影響があると思います。幼い頃から家の中に母の書道作品が飾ってあったのですが、文字というよりは、何か分からないけど動物の顔など、文字以外のものに見えるんです。だから、僕の作品も、何なのかわからないけれど、自由に想像して楽しんでもらえたらと思っています。手にとって貰った時、「これ、なんだろう?」と想像して遊べる余地を残したいんです。インストの音楽を聴いたとき、リズムが心地いいとか、なんか落ち着くメロディーだな、とかって感じる感覚に近いです。歌詞が無い分、多くの意味を求めないような。
■こうした文字のような抽象的な形を、巻物のようにして素描を積み重ねていらっしゃるのは、これもお母さまからの影響なのでしょうか?
石川:ある意味、制作時の瞬発力を磨くためでもありますね。書道家を見ていて、ずるいなと思っていたんですよ。作品を作るのは一瞬ですから。5秒や10秒でだだだっと描いて、1枚何十万円。何だそれずるいな、とずっと思っていたんですけど、大学に入って本格的に芸術表現を学び始めてから、それは日々の鍛錬の結果、ぐっと息を止めて集中した数秒で出てくるものだということに気づきました。ジャズとかは分かりやすいですけど、即興性の高いものは、みんな日々の積み重ねがあって、パーッとでてくるわけです。だから僕もなるべくそうしたい。なので、出来るだけ瞬発力で制作しています。工芸的では無いかもしれませんが。
■もともと、鋳金をやってみようと思われたのは、いつ頃だったのですか?きっかけや理由を教えて下さい。
石川:学部の2年生の時に工芸科の各専攻を体験する授業があって、そこで鋳金を経験したことが直接のきっかけでした。高校生の頃、やりたいことの一つに和菓子職人があったんです。でも、職人の世界についていくのは性格的に無理だと思って、それなら漆工芸を学んで 漆器を作り、和菓子に関われたらいいなと思いました。でも、やってみて漆は体質に合わなかったんです。ものすごくかぶれてしまって。
■それで、鋳金になったのですか?
石川:鋳金の実習の時、鋳型が壊れてしまって作品がぐちゃぐちゃになってしまったんです。先生は、講評でフォローしてくださったんですけど、個人的に納得がいかなくて。それで、ちゃんとした完成形が見てみたいと思い、はじめてみたら、面白さにハマってしまいました。
全て橋本遥・石川将士・北村真梨子、左「mishmash」(770,000円)、中「phantom」(693,000円)、右「spectrum」(726,000円)/石川さんは、本展でスツールのデザインも担当。プラスチックと木を組み合わせた、世界に1点しかないお洒落なアートスツールも展示中です。
橋本遥・石川将士・北村真梨子「mishmash」(部分)/スツールのプラスチックの中には、石川さんがデザインした様々な抽象的なかたちが潜んでいます。
■鋳金のどのあたりに面白みを感じられたのですか?
石川:粘土で作った形が 様々な素材、場面を経て移ろい、金属という力強い素材に変化するまで、全てが初めての体験で感動的でした。溶けた金属の美しさや、そこから放たれる熱は未だに新鮮です。金属という素材に魅力を感じたので、鋳金でやっていこうと思いました。でも、結局今、和菓子とも関わる仕事ができているんです。
■えっ?!それはどういう経緯から?
石川:卒業制作でたい焼きのような鋳型を作って、実際に焼いたお菓子をグラウンドで焼いて配っていたんですけど、その時の展示を見に来てくれたお客さんの一人に和菓子屋さんがいて、話しかけてくれたんです。そこから、焼印を作ったり、落雁の型を作ったりと、その和菓子屋さんとお仕事ができるようになったんです。最近僕がやった個展では、僕がCNC加工で作った木型を元にその和菓子屋さんに落雁を作っていただいて、来場してくれたお客さんに配ったりもしました。やりたかったことが意外な形でつながってくれているんです。
■先程見せて頂いたような、絵巻物状に書かれた抽象的な造形のインスピレーションは、どこから来ているのですか。
石川:今は特にないですが、以前は人体をモチーフにすることが多かったです。スケッチ帳の上で、人のかたちからだんだん抽象的なかたちへと崩していきました。象形文字の作り方みたいな感じですね。
■そのスケッチから抽象化していって、あの独特な形へとたどりつくわけなのですね。
石川:そうですね。最初のうちはその人体のスケッチから起こす作業をやっていたんですけど、途中からダダイズムとかシュルレアリスムの作家が取り入れていた「自動筆記」に興味 を持って。好きな作家が、ジャン・アルプなど、その時代の作家なので、彼らがやっていた自動筆記を自分もやってみようと思って、ちょっと方向性を変えました。
■今、影響を受けた作家としてジャン・アルプを挙げていただきましたが、その他に石川さんが影響を受けた作家などはいらっしゃいますか?
石川:日本の民芸ですかね。提唱者の柳宗悦は結構極端なので、同意できる部分とそうでない部分がどちらもあるのですが。「工藝の道」という本で、「反復運動の中で出てくる美」について話している節があります。職人さんが同じうつわを繰り返し作っていく中ふと出てくる、線や形のブレの面白さですよね。ちょっと解釈に違いが出てきますが、絵を描くのも反復運動で、身体運動でもあります。あとは「多」の美とか、機械との関わり方とか、心に留めている言葉はいくつかあります。
■なるほど、アルプと民芸が組み合わさってインスピレーションを生んでいるのですね?
石川:そうですね。だから、あんまり押し付けがないように、と思っています。
■最後に、今後の目標や取り組んでみたい作品制作の方向性などを教えて頂けますか?
石川:今はやっぱり3Dプリンタの活用ですね。まだまだ見たことのないものが作れそうな予感があるんです。紀元前4000年頃から変わらない「鋳造」という技術に、3Dプリンタという最新のテクノロジーが掛け合わさった時、面白いものができるんじゃないかと思うんです。「鋳金」を軸に置きつつも、工芸だけに縛られずに、幅広い分野に挑戦しながら色々吸収して、見たことのない作品を作ってみたいですね。
たくさんの量を作ることはまったく苦にならない、という石川さん。泉のように無限に湧き出すアイディアが詰まったマスキングテープのようなネタ帳には圧倒されましたし、インタビュー中も、次から次へと面白い逸話が止まりませんでした。
また、インタビューでは「時間が許す限り、なるべく多くの作品を作りたい」と制作への尽きない意欲を語ってくださった石川さん。今回の「密 IX〈ミックス〉取手校地工房スタッフによる、創造の思索展」展でも3Dプリンタという新しい技術を取り入れながら、40点余りと非常に多く出品していらっしゃいます。展示室の様々な場所に展示された作品群から、あなただけのお気に入りの作品を見つけてみてくださいね。
●石川将士プロフィール
【略歴】
1992 | 年 | 東京都生まれ |
2015 | 年 | 東京藝術大学美術学部工芸科鋳金卒業 |
2017 | 年 | 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程工芸専攻修了 |
現在 | 東京藝術大学 教育研究助手 |
【賞歴】
2014 | 年 | 内藤春治賞 |
2017 | 年 | 東京藝術大学大学美術館 買上げ賞 東京藝術大学杜の会 杜賞 |
【展示歴】
2020 | 年 | 石川将士展「Topology」(Gallery Café 3 / 高円寺) |
2019 | 年 | 石川将士+中嶌雄里「重力と引力と」(gem nakameguro / 中目黒) 「鋳金の幻想」(東京芸術大学 大学美術館陳列舘/ 上野) 「音でつくる・音をつくる・かたちをつくる」(藝大アートプラザ / 上野) |
2018 | 年 | 石川将士展「主なき道具たち」(Gallery Café 3 / 高円寺) Gallery FACE TO FACE 10周年記念展 (Gallery FACE TO FACE / 西荻窪) 澤田重人+石川将士展「百面体/陶と金属」(ガレリア青猫 / 西荻窪) |
「密 IX〈ミックス〉取手校地工房スタッフによる、創造の思索展」
会期:2021年7月16日 (金) – 8月22日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日:7月26日(月)、8月2日(月)、10日(火)~16日(月)
入場無料、写真撮影OK
取材・文/齋藤久嗣 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。