数あるアート分野の中でも、非常に明るく華やかなガラス工芸。観光地のガラス工芸館でお土産を買ったり、ルネ・ラリックやエミール・ガレといった巨匠の展覧会に足を運ぶのが好きだったりする人も結構いるのではないでしょうか?
そんな中、2月21日から藝大アートプラザで新しく「ガラス工芸」をテーマとした企画展「Glass Wonderland」がスタートしました!本展は、東京藝術大学ガラス造形研究室が企画・監修した展覧会。ガラス造形研究室の在校生、卒業生、教員など、ガラス工芸を極めた34名の精鋭が展覧会場を華やかに彩ってくれています。
それではさっそく見ていきましょう!
多彩な制作技法が魅力!実はものすごーく奥深いガラス工芸!
展示風景
一口にガラス工芸と言っても、ガスバーナーで専用のガラス棒を加熱する「バーナーワーク」、江戸切子のように研磨やカットなどでガラスを加工する「コールドワーク」、電気窯を使って加熱・成形する「キルンワーク」など、使われる技法は多種多様。作家オリジナルの独自の工夫も加わり、単に美しいだけでなくバラエティに富んだ面白い作品が揃っているんです。
本展「Glass Wonderland」は、まさにガラス工芸における「技」のデパートのような展覧会となりました。そこで、本展の紹介記事第1弾では、代表的な展示作品を見ていきながら、それぞれの作品で使われているアーティストの「技」もあわせてチェックしていきたいと思います!
熟練の手技が炸裂!「バーナーワーク」
左:藤枝奈々「Small Pleasure」64,900円(税込) 右:藤枝奈々「Depth Forest」88000円(税込)
ガスバーナーで酸素の量を調節しながら、専用のガラス棒を使ってガラスを溶かしてちょっとずつ成形していくバーナーワーク。春らしい華やかさにあふれた藤枝奈々さんの2つの作品では、まさにバーナーワークならではの繊細な造形美が楽しめます。
藤枝奈々「Depth Forest」(部分)
枝につけられた色とりどりの葉や花は、バーナーを使って全て手作業で溶接されているんです。ここまでの形を作り上げるには、技術力の習得期間を含めてどれほどの忍耐強い作業時間が必要だったんだろうと頭が下がる思いでした。(Youtubeなど動画サイトで「バーナーワーク」と入れてみると作業の様子を撮影した動画を見ることができますが、非常に熟練した繊細な手仕事が必要なことがわかります)
藤枝奈々「Celebration」(部分拡大図)
展示を見る際は、全体の雰囲気はもちろん、ぐぐっと作品に寄って鑑賞してみてくださいね。細部まで丁寧にこだわって制作された藤枝さんの卓越した造形技術を堪能できます!
野田朗子「Moon Drop」各13,200円
つづいては、ロンドンやニューヨーク、香港など近年は非常に国際的に活躍の場を広げているガラスアート作家・野田朗子さんが手掛けたアクセサリー。本展では他にも春の訪れを感じられる美しいお皿なども出展されていますが、個人的にはこのバーナーで作るシンプルで透明感のあるガラス玉のアクセサリーが一番気に入りました。
野田朗子「Moon Drop」各13,200円(部分)
こちらも、ぜひ近づいて味わってみて下さい。至近距離でガラス玉の中を覗き込んでみると、複雑で味わい深い模様がガラスの中に封入されていることがわかります。シンプルですが、飽きの来ない作品でした。
2000年以上使われている伝統技法!「吹きガラス」
勝川夏樹 左から「ボトル」29,700円(税込)、「ボトル」30,800円(税込)、「空」24,200円(税込)
続いて紹介するのは、古代ローマ時代からずっと使われてきた伝統技法「吹きガラス」で制作された作品群です。こちらは乳白色で温かみのあるやさしい色合いが美しい勝川夏樹さんのボトルやうつわ。この雪のような器面の白さを出すために、仕上げとして器面を砂で研磨する「サンドブラスト」がかけられています。
勝川夏樹「空」24,200円(税込)
特に面白いなと感じたのが「空」と名付けられた厚手のガラスのうつわです。乳白色で彩られた器面の下には様々な色彩がガラスの中に閉じ込められているのですが、これが虹のように見えるんですよね。光線の当たり方によって、輝きが変化して見え方が違ってくるのも味わい深くて素晴らしかったです。
藤原彩葉「Re-form」440,000円(税込)
こちらは、「吹きガラス」の変形版として、「型吹きガラス」という技法を使って制作された、藤原彩葉さんの大型のオブジェです。吹きガラスで複雑な形を作る時は、あらかじめ「モール」と呼ばれる金型や石膏型などの中に吹き竿につけたガラス玉を差し込んで、その中に空気を入れて成形していくんですね。
この、正20面体の上1/3を斜めに切り取ったような複雑な形をした作品からは、複雑で幾何学的な立体造形を得意とされている藤原さんならではの個性が感じられます。まるでいちご大福のように白い半透明な薄皮部分と、中の甘そうな(?)あんが今にも飛び出てきそうに断面が盛り上がっているのが面白かったです。
藤原彩葉「Re-form」(部分)
ひと目見た時のインパクトが凄い作品なので、ぜひ会場でいろいろな角度から見え方を楽しんでみてくださいね。
電気窯の熱で加工!「キルンワーク」
続いては、恐らく本展で一番多かったキルンワーク系の作品をご紹介します!
キルンワークの「キルン」とは電気窯のこと。「窯」は陶器や磁器を焼くためだけに使われるわけじゃないんですね。ガラスを溶かして、化学変化をさせるためにも大活躍するんです。
キルンワークの代表的な技法は、「キルンキャスト」と言われる技法です。粘土やワックスで作った原型を石膏で型取りし、石膏の中にガラスを流し込んで作る鋳造技法です。この時に使うガラスの材質で、焼き上がりの質感が変わってくるんですね。
キルンキャスト
さてそのキルンキャストで制作された中でとりわけ目を引いたのが、窓際に展示されていた杉山有紗さんの1対の怪獣のオブジェ。体表の鱗が無数のビー玉を少し小さくしたような色とりどりのガラス玉で覆われており、怖いというよりどことなくコミカルでかわいい感じがにじみ出ています。
左:杉山有沙「stay…(Green)」49,500円(税込)、右:杉山有沙「stay…(Pink)」49,500円(税込)
よく見ると、2匹(2体?)とも口の先端に大きな気泡の入った透明なガラス玉がくっつけられており、何を吐き出しているんだろう?といろいろ想像するのが楽しくなってきます。
杉山有沙「stay…(Pink)」(部分)
もっと寄って詳細に見てみると、怪獣の体表につけられた小さなガラス玉は一つ一つ色が微妙に違っていますし、単に「鋳造」するだけでなく、窯から出した後の工程も見た目以上に繊細かつ複雑であることがわかります。
杉山有沙「stay…(Green)」(部分)
フュージング
さて、続いては「フュージング」という技法を使って制作された作品をご紹介します。フュージングとは、粒状ガラス・パウダーガラス・棒状ガラスなど、様々な板ガラスを組み合わせて電気窯で焼き付けたり、融合させたりする「キルンワーク」では比較的新しい技術なんです。
左:柿野茜「平皿」88,000円(税込)、右:柿野茜「平皿」44,000円(税込)
フュージング技法を使って制作された作品の中で非常に惹かれたのが、柿野茜さんの2つの大きな漆黒の平皿。まるで漆のような深い「黒」の上に、金澄、雲母、ガラスなどを組み合わせ、余白をたっぷり残した上品なデザインが見どころです。
柿野茜「平皿」部分拡大図
特にこの平皿の上に象嵌された「羽根」の超絶技巧ぶりが本当に凄いんです。器面に絵付けされているのではなく、3次元的な立体感がちゃんとあるんですよね。このリアルな質感を表現するためにどれだけの試行錯誤があったのでしょうか・・・。
豊澤美紗「終わりと、始まり-spring-」66,000円(税込)
もう1点キルンワークでご紹介したいのが、薄緑色の水面に浮かぶ落ち葉などを表現した豊澤美紗さんのオブジェ。金属工芸とガラス工芸、2つを融合させた非常にハイレベルな作品です。
ガラスの中に、銅板や真鍮などで精密に作られた葉が埋め込まれ、水面からは銀色の双葉が顔を覗かせていています。よく見ると、水面には桜の花びらもひとひらハラリと落ちていますね。タイトル通り、「始まり」と「終わり」の節目を水面に浮かんだ落ち葉や新緑で象徴的に表現し春らしい作品でした。
超絶技巧の系譜!「ガラス胎七宝」
七宝といえば、銀や銅などの金属の器を下地(器胎)として装飾された金属工芸が思い浮かぶかもしれません。美術展などで、「二人のナミカワ」として有名な、涛川惣助・並河靖之が手掛けた明治工芸の超絶技巧作品を目にした人も多いかもしれません。
でも、この七宝作品のバリエーションとして、ガラスを「器胎」に採用した「ガラス胎七宝」というジャンルもあるんです。
左:村中恵理「なのはな」66,000円(税込)、右:村中恵理「さくら」66,000円(税込)
現代作家の中で、この「ガラス胎七宝」を積極的に手掛ける作家の一人が、新作を引っさげ、常設展に続いての登場となった村中恵理さん。
村中恵理「さくら」部分拡大図
絵画作品のように金色の額で縁取られ、繊細な有線七宝で描かれた白と黒の一対のうさぎが菜の花、桜と一体になってデザインされた作品からは「日本の春」を強く感じられるかもしれません。数センチ×数センチの小品なので、ぜひぐっと近づいて細部を味わってみてくださいね。
お手頃な価格で買える作品もたくさんあります!
市川智重子 左から「ピンブローチ」6,600円、「イヤリング」15,400円、「ブローチ(大)」11,000円、「イヤリング」5,500円(すべて税込)
本展では、現代アートとして楽しめるような、鑑賞者の目を引く大型のオブジェもありますが、ネックレスやブローチといった、身につけることができるアクセサリや、コップやお皿など生活の中で実際に使いながら楽しめる食器類なども多数用意されています。
中には1つ数千円程度で買える作品なども多数展示されているので、「これはいいな!」と思ったらぜひ思い切って購入してみてはいかがでしょうか?本展をきっかけに、アートのある暮らしを始めてみるのもいいですよね!
石田菜々子「Flower lace」7,480円(税込) 「palette」8,800円(税込) 「花まめ」4,950円(税込)
吉井こころ「Enoguブローチ1点」各4,400円(税込)
福村彩乃 左から「イヤリング」13,200円、「和ネックレス」16,500円、「ネックレス」11,000円、「ピアス」7,700円、「ネックレス」24,200円(すべて税込)
写真も撮り放題!「Glass Wonderland」で楽しむガラス工芸!
いかがでしたでしょうか?今回こちらでは、展示作品のほんの一部をご紹介させていただきましたが、それぞれ独自の表現技法を追求したプロフェッショナルの作品が一堂に会する展示スペースは圧巻でした。ガラス工芸の奥深さが実感できると思います!
また、本当に見ていて楽しい作品・美しい作品が多いのも本展の特徴です。光の当たり方、角度などによって見え方が大きく変化するので、ぜひ360度様々な角度からじっくりと鑑賞してみてくださいね。撮影OKなので、お気に入りの角度を見つけたらガッツリ撮って記念に持ち帰るのもいいですね。僕も早速デスクトップの壁紙にしています!
会期:2020年2月21日(金)~3月15日(日)
取材・撮影/齋藤久嗣 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。