2023年で17回目を迎えるアートコンペティション「藝大アートプラザ大賞」は、東京藝術大学(以下、藝大)の学生を対象とする、年に一度のアートコンペティションです。藝大の学生であれば学部・大学院・専攻を問わず誰でも応募可能で、今回はテーマも自由。受賞者には賞金が贈呈され、受賞作品と入選作品は、2023年1月28日(土)~3月12日(日)に藝大アートプラザで開催される企画展「藝大アートプラザ大賞展 – Geidai Artplaza Festival 2023」にて展示・販売されます。
それでは、2023年1月13日(金)に開催された審査会の様子をご紹介します。
第17回「藝大アートプラザ大賞審査会」の概要
第17回の賞は、大賞1点、準大賞2点、アートプラザ賞2点の合計5点。審査員は、藝大の芸術学科教授の木津文哉先生、先端芸術表現科教授の鈴木理策先生、彫刻科教授の原真一先生。いずれも審査会には何度も出席いただいている先生方です。そこに、藝大アートプラザのキュレーターである伊藤久美子と櫻井美佳の2名が加わります。
会場には、入選作品95点が集められ、審査員はその中から投票で入賞作品を決定します。投票は2回に分けて行い、1回目で入賞候補を選び、2回目で大賞と準大賞を決めます。
今回は、1回目の投票で入賞候補が10作品余りに絞り込まれ、2回目の投票で最高点の同点となった作品が3点出るという接戦に。そのため決戦投票が行われ、大賞1点と準大賞2点が決定しました。その後、藝大アートプラザのキュレーターによりアートプラザ賞2点が選出されました。
2度の投票と決選投票という熱い展開を経て、栄えある賞に輝いた作品は以下になります。
大賞(1点)
苗青青「シープ」(美術研究科 修士 1年 文化財保存修復日本画)
準大賞(2点)
杉本ひなた「hopes」(美術学部2年 絵画科油画専攻)
ヤマモトヒカル 「Here comes the Sun」(美術研究科修士 1年 デザイン)
アートプラザ賞(2点)
西村柊成「Images -intersection-」(美術研究科 修士 1年 工芸 染織)
野村俊介「オサムシタケ ~冬虫夏草~」(美術学部3年 工芸科 陶芸専攻)
ここからは、審査員の話や各賞への講評をご紹介します。話の聞き手は藝大アートプラザweb編集長・高木です。
全体の感想 ジャンルの区分がなくなってきた
–– 今回の応募作品に関して、全体的な感想をお願いします。
木津:技術や技巧に特化した、クラフト的な工芸作品が意外と少ない印象でした。平面絵画は一定のレベルに達していて、水準は確保されていると思います。10年程前の大賞と比べて、全体に科や専攻による差や区別がなくなってきており、変化を感じます。
本来、藝大生は生真面目ですので、3Dプリントやレーザーカットや外注加工などを使い、エッジの立ったマルティプルな作品(作家の指示のもとに量産された作品)でアート市場に打って出るような作家がいたら、審査する側も戸惑うことになります。今後はそういった刺激的な作品も期待したいですね。
鈴木:どの作品にも、ものをつくりたいという若いがゆえの輝きといいますか、衝動や魅力を感じますね。今はジャンルの区分けがなくなっており、応募作品には枠組みを越えようとする意気込みが感じられます。
私は先端芸術表現科で教鞭を執っており、通常は、他の学部の作品を見る機会はほぼありません。メディアを横断してテクニックを上げていくことは必要だと思っていますが、今回出品されているような、素材や考え方において一つのことを極めていく作品にはあまり触れていないので、藝大アートプラザ大賞のような機会は新鮮ですね。
原:全体としては良くも悪くもまとまっているように感じましたが、今回は、久木田茜の「Ornament Pattarn of Japanese Bill」のように、一万円札を作品の一部に使った危なっかしいアプローチの作品が出てきたのは新鮮でした。もともとファインアートには、危険なところを攻めていく性質があると思うので、緊張感がある作品が出てくるのは嬉しいですね。
最近の傾向として、表現が横断的になっているので、どうやって藝大の伝統が守られていくのだろうという疑問を持っています。
–– 立体作品の中で、工芸と彫刻との区別はどのようになさっているのでしょうか? また藝大には、工芸と彫刻、油画と日本画などさまざまな表現がありますが、違いを意識して見ていますか?
原:立体作品の中には、私は工芸だと思っても、使用目的がないということで、一般の方は違う判断をすると思われるものもあります。一方で、つくることを重視すると、工芸と彫刻との境界は混ざってくるとも考えています。
私は彫刻科ですが、作品を見る時は、彫刻とアート的な基準を両方使っています。ただ今回は、彫刻の数が少ないですね。
鈴木:表現の違いに関しては、技法や道具や素材などは気にしていますね。そこがないと作家は制作していても盛り上がりません。ものをつくっている時は、常に選択しながら進めていくのですが、最終的にどうなるか分からないのが制作の魅力であり、オーバードライブする感覚が生まれると、いいものが出来上がります。
今回は先端芸術表現科の学生の作品も多いのですが、作品を見るにあたってはさまざまな物差しがあり、規格は一定ではありません。例えばストレートな写真表現と、写真の中に絵画的表現があるような作品は区別します。個々の作品の中の判断基準がないと比較しづらいですね。
木津:出品した学生が学んできた文脈を知るという意味で、作品が何のジャンルに属するかは確認しますが、ジャンルを基準にした評価はしませんね。各ジャンルの文脈を全て知ることは不可能に近いと思いますし、私は最初に作品と対峙した時の印象を大切にしています。
作品の言語表現 内側から出てくる言葉を
–– 作品を評価する際、作家の出したコンセプトは見ていますか?
※藝大アートプラザ大賞は、作品と一緒にコンセプトも提出する。
鈴木:コンセプトは全て読んでいます。制作に関して言えば、言葉にならないからものをつくるのですが、作者は出来上がったものがどういうものかは見えているはずなので、作品を言語化する力は必要だと考えます。
原:真剣に素材と向き合って形に落とし込めれば、経験を通して自然に言葉は出てくるものだと思っています。一方で外から知識を武器として使おうとすると、わざとらしくなります。それはバレてしまいますし、見る側も面白くないんですよね。私は生徒に対し、内側から出てくる言葉を探すように指導しています。しかし、勉強したことに引っ張られて、「つくる」という純粋な行為を軽視しがちになることもあります。
木津:この賞は、コンセプトを立てて作品をつくるような人はまだ少ないですね。
私は先日、AI(人工知能)に文章や単語で指示して画像を生成するサービス、Midjourney(ミッドジャーニー)を使ってみましたが、恐らく指定の仕方に問題があり、思うような絵は描けませんでした。
つくりたいものを文字で規定できれば絵を描かないのではないかとも思いますが、Midjourneyを使いこなすような人がこの賞に応募するようになれば、審査も複雑になってくるだろうと思います。
サイズと価格の問題 藝大アートプラザ大賞は、社会との初めての接点
–– 藝大アートプラザ大賞は、今後のサイズ制限をどうしていくかという問題と、入賞作品の展示販売を行うので、価格設定という課題があります。
※藝大アートプラザ大賞は、作品のサイズ制限がある。また提出時に価格を指定する。
鈴木:応募する時の規定としてサイズが決まっているので、小さくすることに成功している人と、そうでない人がいますね。サイズに関しては、販売するときも同じ問題が発生します。
ただ、難しいことですが、売ることと日ごろの制作は違いますし、売るために作っているのではなくて、作ったものが売れる形の方がいいと思っています。売ることに合わせてつくると判断がぶれるし、そうした作品はつまらないものになります。
原:藝大生は大きいものをつくりたがりますが、この賞ではサイズが決まっていますので、本来では違うアプローチをする学生でも、大人しい作品になりがちですね。
作家は皆、展示はしたいはずですし、周りの空間も残しておきたいはずなので、全体のサイズが決まっている中で、密集して置かれるような前提だと、モチベーションを上げて制作するのは難しいのではないでしょうか。
値段に関しては、今は市場が大きな力を持っているので、学生はそちらに引っ張られがちになって危険だと思っています。
木津:サイズは作品の性質が関わってきます。小さな作品で入り込めるものも、大きい作品で空気を変えるものもあります。そのあたりは出品経験を重ねないと分からないですね。
価格設定に関しては、欧米などを参考にしている現代美術の世界と、百貨店などで販売される絵画の世界はかなり違います。また、デザインや建築などは事務所などのシステムの中で自分の居場所を確立させていく形になるので、絵画とデザインの世界では異なります。
価格について考えることは、社会との初めての接点になりますので、そのきっかけとなることは、藝大アートプラザ大賞の意義だと思います。
この賞の対象は学生ですので、自分の内面に向きあっているものが多いのですが、そこから抜け出て個性や良さを他者にアピールする最初の機会になりうることも、この賞の特徴ですね。
個々の作品に対するコメント~講師陣~
鈴木:大賞を獲得した「シープ」は、素材をとても吟味して質感や表情を表しており、羊を抽象化・デザイン化していくプロセスが伝わってきます。
原:抽象性のある絵で平面的な面白さがあり、大変良くまとまっていると思います。落ち着いた色味もいいですね。顔を描いていないために様々なイメージを喚起するので、その点も魅力的です。
木津:全体のニュアンスが好きですね。不整美といいますか、整わざる美があります。また、最近は対象を写真で撮って描く人が多いのですが、写す力と見る力は違います。この作者は羊を頭の中のイメージで考えて、自分で選択した色や線で描いています。対象があるべき場所にあり、破綻がない絵です。
鈴木:準大賞の「Here comes the Sun」は、今回一番目につきました。大きさや合わせ方や箱もバランスが取れています。手の跡が残っていると時間などが感じられ、プロダクトっぽくても温かさや優しさなどが伝わってきます。
木津:箱がきちんとしているのは良いですね。こちらも破綻がなく、梱包も含めてデザイン科らしい作品です。3Dプリンターなどを使わずに手で巻いて作っていますね。昔、レコードを彫って作品にした先輩がいたのですが、機械でやる方法と手でやる方法、両方の良いところが見えてきますので、あえてそういうことをするのはアーティストの特権だと思います。
原:この作品は彫刻を意識しているオブジェとして成立していますし、手の痕跡があっていていいですね。箱まできちんとデザインしていてきれいだなと思いました。
木津:もう一つの準大賞「hopes」は、受験用の絵を連想させるノスタルジーがありますね。この大きさでまとめているのも良いです。受験用の絵とアーティストになる絵は違うので、この作家の絵が変わる日が来ると思います。そうした期待値も込めて評価しました。
鈴木:入賞作品以外ですと、私の生徒の作品ですが、中野優太の「reflection/refraction-fog」が印象に残りました。現在、作者はもがいている状態で、もっと暴れてほしいとも思うのですが、この作品は素敵だなと感じました。
また、「Images -intersection-」も質感やグラデーションを楽しめる作品です。私たちが絵画を見る時、しくみの中で見てしまっているのですが、この作品は、通常の絵とは異なる絵画表現の可能性を示しているように思います。
個々の作品に対するコメント~藝大アートプラザ キュレーター~
伊藤:全体としては、作家は自分の感情を出すことに素直になっていて、アカデミックな評価のみならず、様々な価値観でつくっているという印象を受けました。
私は審査する際、遠くから見た時に作品の輪郭を感じられるかどうか、ストレートな表現ができているかという基準で選んでいます。学生の作品なので、外に訴えかける力があるか、まず作品となっているかどうかが一つのポイントですね。
例えば「Images -intersection-」は身体性がある作品で、織る時の身体性がリズムとして表れていて、気持ちを揺さぶります。そうした要素は今の時代に求められていると思い、賞に選ばせていただきました。
櫻井:私は審査において、ものとしての強さや完成度を見ています。今回選ばせていただいた「Images -intersection-」は、見れば見るほど違う色が見えてくる不思議さがありますし、染織の技法を用いた絵画作品のようで、魅力的な作品だと思います。
「オサムシタケ ~冬虫夏草~」はものとして存在感がありますし、作者は対象を細かいところまで見ていて、観察力がおありだなと感じました。陶と金属を組み合わせるという試みも良いですし、これからが楽しみな方ですね。
企画展概要
企画展「藝大アートプラザ大賞展 – Geidai Artplaza Festival 2023」
会期:2023年1月28日(土)〜3月12日(日)
営業時間:10:00-17:00
休業日:月曜・火曜
入場料:無料
※定休日が祝日・振替休日の場合は営業、翌営業日が休業
※1月30日(月)、31日(火)は臨時営業予定
※営業日時が変更になる場合がございます。最新情報は公式Webサイト・SNSをご確認ください
公式Instagram:https://www.instagram.com/geidai_art_plaza
公式Twitter:https://twitter.com/artplaza_geidai