COLUMN & INTERVIEW コラム&インタビュー

常設展出品作家インタビュー 伊藤久美子さん(絵画専攻油画技法・材料研究分野修了)

2019/02/27 インタビュー

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藝大大学院を修了し、アートプラザの店長を務めながら自身の制作も続ける伊藤久美子さん。常設展に「souvenir」シリーズを出品しています。作品の技法や動機、アートプラザに勤めたきっかけなどについて伺いました。すると、アートプラザの仕事と作家活動が、切っても切り離せないものであることがわかってきました。

とても繊細な作品ですが、どのような技法で描いているのですか?

「白亜地(はくあじ)」をアレンジしたオリジナルの技法です。白亜地は、膠に胡粉を混ぜた溶液でパネルに綿や和紙を接着し、更に溶液を塗って研磨してつくります。一般的な絵画は、その上に油絵の具など下地とは違う物質で描いていくのですが、私の場合は、地塗りの溶液の配合をアレンジして薄い色を付け、それを刷毛の一定のストロークで何十層も塗り重ね、表層まで続けます。つまり、支持体と絵画層の差異がありません。

被覆力(覆い隠す力)のない淡い色を重ねていくので、一番下の仕事が表面まで影響します。紫に見えるところは、紫色に塗っているのではなく、ピンクと青が重なったところです。ブルーの作品はラインが浮き出て見えるところもありますが、これも線を引いたのではなく、太い刷毛の端の方が重なって、物質として強くなったところがラインとして見えています。しかも、近くだとぼやっとしている色やラインが、離れて見ると、強く浮き出てきます。ですので、3mから5m、引きでみる想定で描いています。

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左右とも、伊藤久美子「souvenir」

不思議ですね。キャプションに「感情や記憶の喚起を誘う絵画表現に取り組んでいる」という説明がありますが、これについても教えてください。

私の作品は、自分の中のイメージや世界観を人に伝えるためのものではありません。作品を通じて、静かにコミュニケートするための装置といったらよいでしょうか。作品と鑑賞者の二者があれば、何かしらの関係性が生まれます。作品を置く場所や見る人の気分や体調によって、紫がかって見える時もあれば、黄緑が強く見えたり、何かのイメージが見えるときもあれば見えないときもあったり、そういう関係性をつくりたいと思っています。淡い色で曖昧に描くのもそのためです。生活空間に置いて長い時間接してもらうことを念頭に置いています。

このような作品をつくるきっかけはあったのでしょうか。

記憶について興味を持ったことがきっかけです。3歳の頃、母親と桜の花びらを集めて、「桜のごはん」のおままごとをしていた記憶があります。それを大人になってから思い返したときに、桜の花びらを集めている自分の姿がイメージとして登場したんです。その時の写真は残っていないため、見えていないはずの自分が見えたことにびっくりしました。きっと大人になってから、自分の小さい頃の別の写真のイメージと、「桜のごはん」のエピソードが結びついて、記憶が変化したのだと思います。つまり、記憶は、もともとあったものに対していろんなものが重なったり、影響しながら常に改変されているんです。その構造が、色のヴェールを重ね一番下層が表面まで響く私の作品と共通しています。今回の作品は、記憶の構造を再構築する試みでもあります。

作家を目指したきっかけを教えてください。

じつは、とくにありません。違和感のあることを避けていったら、ここにたどり着いたという感じでしょうか。子どもの頃、お絵描き教室には行っていましたが、「なにがなんでも描くのが好き」というタイプでもなかったです。美術系の仕事につければいいやという気持ちで、なんとなく美術予備校に行ったら、周りが美大・藝大を目指し白熱していて、その文化に馴染んで、記念受験のつもりで藝大を受けました。大学に入ってから、いろんな先生や作品をつくる人に接して、作家に憧れていきました。

アートプラザに勤めはじめたきっかけは?

大学院を出て1年半経った頃、同級生に声をかけられて、旧アートプラザ(2005年に開店、2015年に一旦閉店)の仕事を始めました。それによって油画専攻以外の、工芸や彫刻などいろんな価値観に触れることができました。用途のあるものもないものも、多様な作品が世の中に出ていく様子を日常的に見て、だんだんと買い手の顔や動機もわかるようになっていきました。

価値観を広げることで伊藤さんのつくる作品も変わりましたか?

はい。それまでは自分の表現としてしか作品を考えていなかったのですが、対「人」とか、対「場」で考えられるようになりました。作家活動を続けてこられたのも、アートプラザで働いていたからかもしれません。そういう意味で、なんてラッキーなんだと思います。

今後の目標や豊富はありますか?

どうやったら死ぬまで作家でいられるか、どうやったら美術を身近に感じながら生きていけるかということを考えています。アートプラザで学生の作品を見ていると、新しい表現や可能性を感じて、自分自身が古くなっていくのがわかって刺激になります。その一方で、いい作品や音楽に出合ったときに、まだステージから降りたくない、諦めたくない、この人達に近づきたいという思いも湧き上がってきて......。美術の世界に対する執着、そのぼやっとした欲だけが手放せずにいます。

●伊藤久美子さんプロフィール

1979 年  東京都生まれ 
2004 年  東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻油画技法・材料研究分野修了


【展覧会】

2014 年  見ること・描くこと-油画技法材料研究室とその周縁の作家達-(東京藝術大学美術館/上野) 
2015 藤代光雄×伊藤久美子展(小さなギャラリー庵/下館)
バレンタイン現代美術展(B-gallery/池袋)
2016 個展(ギャラリー邨/銀座)
青木愛弓・伊藤久美子 二人展(土屋現代美術画廊/大阪)
2017 年  FINAL EXHIBITION (不二画廊/大阪)
草原 小品展 (ギャラリーKINGYO/千駄木)
個展(ぎゃるりじん/横浜)
2018 個展(かわかみ画廊/青山)
ワンピース倶楽部Vol.11「はじめてかもしれない」展(3331arts Chiyoda/湯島)
日韓交流展 Contemporary Art Group「無」(韓国)
3人展(法隆寺不二画廊/奈良)、他


【その他】

2004

2005
年  車いすワークショップ企画運営 
2016 年  三菱地所・東京藝術大学共同開催「藝大アーツイン丸の内2016」にて作品提供
メイン会場ステージに作品を拡大プリントした7m超のスクリーンを設置


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

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