COLUMN & INTERVIEW コラム&インタビュー

「おみやげ 展 -Souvenirs of life-」出品作家インタビュー 竹下洋子さん(絵画専攻油画技法材料修了)

2019/10/18 インタビュー

「おみやげ 展 -Souvenirs of life-」の展示室に入ると、真っ先に目に飛び込む色とりどりの服。これは、竹下洋子さんが立ち上げたファッションブランド「Yoko Takeshita」によるものです。学生時代、竹下さんは平面の絵画を描いていましたが、あるとき絵の具を糸に、絵筆を編み棒に持ち替え、絵画を描くように服をつくり始めました。そのような制作スタイルに至った経緯とは……。

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※写真提供:竹下洋子

「Yoko Takeshita」は、どのような服をつくっているファッションブランドなのでしょうか?

編むこと(ニット生地)と描くこと(生地に絵を描く)で、人が纏う絵画服を中心に、日々の生活のそばにあるモノを制作しています。ファッションというよりも、美術作品として制作したモノで、ほとんどの作品は私が手を動かしてつくった一点物です。

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左:竹下洋子「ミニスカート」 中:竹下洋子「手描き布×ニット ベストカーデガン」 右竹下洋子「手描きトップス」と「オブジェネックレス」

絵画服とは、どのようなものですか?

絵画服を制作する際は、糸が絵の具になり、編み棒や編み機が筆になります。絵の具を調合しながらグラデーションを描く水彩画のように、数本の糸を引き揃えたり、糸を足したり引いたりしながら、編み地を作っていきます。製品としてあるミックスカラーの糸をそのまま使わず、単色のカラー糸を独自に引き揃えて色彩を編んでいます。

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竹下洋子「手描きトップス」(部分)と「オブジェネックレス」(部分)

平面絵画ではなく、ニットを絵画として発表するようになったきっかけはありますか?

藝大を修了し、27歳まで現代絵画の分野で活動を行なっていたのですが、次第にもっと同時代に生きる女性たちの感性と出会い、繋がりたいと思うようになりました。画廊や美術館を訪れるのは、美術の世界に興味のある人がほとんどで、よっぽど有名にならないかぎり、一般の人々にはなかなか見てもらえません。

特に女性は、美術というと敷居が高くて足が向かないけれど、身につけるモノには興味が貪欲で、自由な感性でモノを選んだり買ったりしていると思います。彼女たちに、ふと、街中で私の作る作品と出会って欲しかったから、制作形態を、壁にかける平面絵画から身に纏うカタチに移行しました。10代後半から10年間、ずっと平面絵画の可能性を模索していたのですが、そろそろ壁から離れたかったのですね。自然な移行ができたと思います。

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竹下洋子「手描き布×ニット ベストカーデガン」(部分)

作品は1点ものなのでしょうか?

ニットを始めた頃は、アパレル専門店などにも取り扱ってもらっていたので、私が制作した作品を元に工場で少量生産もしましたが、ここ7年くらいは私が完全に作る一点ものの作品です。

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左:竹下洋子「ミニスカート」(部分)

作品はどのようなプロセスを経てつくられるのでしょうか?

壁に掛ける絵を描いていたときも、「今、その時」を捉える絵画として制作していましたので、ほとんど即興で描いていました。編む作品も、布に直接絵を描く作品も、それと全く同じです。

制作プロセスはいつも未知です。だいたいこんなふうに作ろうかなと進めていても、必ず途中で計画通りでは面白くなくなり、そこから新しいカタチが生まれます。そのカタチを元に、色を変えたり比率を変えたりしながら一つのシリーズが揃います。25年の活動の間にいくつか定番のカタチもできましたが、毎年、コレクションを発表する際には、新しいカタチが生まれます。

色や形についてのこだわりがあれば教えてください。

人が身につける上で必要な機能性も取り入れていますが、色や形については、いつも造形美術としてのクオリティを追求しています。

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「おみやげ 展 -Souvenirs of life-」展示風景

今回の藝大アートプラザに出品している作品は、どのような観点で選んだのでしょうか。

藝大アートプラザは、主に美術、芸術に興味関心があるお客様や藝大生に見ていただける場だと思い、美術作品としての造形要素をたくさん含んだモノを出品しました。編む色彩絵画、布に描く絵画、縫うステッチの線、コラージュなど、それらの美術手法を用いるだけでなく、新しい試みの作品も試みました。

「エロップン」というユニークな名前の作品もありますね。

「エロップン」は、「エプロン」の文字を入れ替えてネーミングした作品です。『エロさがぷんぷん香る―エロップン』ですね。家事をする女性が身につけるエプロンは、所帯染みた中に、女性本来の持つ母性と魅惑的なエロさが複雑に融合した制服だと思うのです。このようなネーミングも創作の一つだと思っています。

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竹下洋子「オブジェネックレス」(部分)

竹下さんは、今回の展示の「人生のおみやげ」(人生の経験のなかで自身に残った大切なできごとや感情)というテーマをどのように捉えているのでしょうか。

いつの時代も女性が魅力的であれば、家庭も街も社会も幸せな空気感に包まれます。私は女性の日々の生活のなかで身近にある、何気ない感性の幸せ変換装置としての絵画を制作しています。補足しますと、私は、同時代に生きる女性たちの、日常と寄り添うところで、彼女たちの感性と出会い、響き合う作品を制作したいと思っています。それは、纏い身につけることで、作品の色彩やデイティールと呼応して、女性の内側に秘める魅力を引き出すような装置としての絵画です。また、引き出された魅力が、本人だけでなく周りも幸せにする、という意味で、「幸せ変換装置」としての絵画です。そのような壁から離れた絵画は、纏う人の人生と寄り添い、その人の「人生のお土産」となり、その色彩はさらに深まることでしょう。

美大・藝大を目指した経緯を教えてください。

実は、幼い頃から人より特に絵が上手いわけではありませんでした。高校一年生の終わりに進路について考えていたのですが、このまま普通の大学に行ったときの自分の将来のイメージは見えないし、進学校に通っていたのですが勉強する気はあまりなくて(笑)。そんなときに、なんとなく入った画材店で絵画塾が開かれていて、そこの店主に勧められて美大受験をやってみようかなと思いました。もとから色彩で遊ぶのは好きでした。カタチを捉えたり、モノクロで世界を捉えて描くのが苦手な私でも、色彩からモノを捉えると、自然にカタチが浮き上がる。美大芸大受験まで、そんな絵しか描けませんでした。でも、長崎の田舎娘が、田舎の絵画塾から藝大に現役合格したんです。

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※写真提供:竹下洋子

それはすごいことですね。大学院では、なぜ油画技法材料研究室に進んだのでしょうか。

大学院で油画技法材料研究室を選んだのには、この研究室で教えていた坂本一道教授との対話がいつも楽しかったこと、先生の絵画や美術への愛情に感銘を受けたこと、現役で大学に入ったのできちんと絵画のことを知りたかったからです。それと、研究室での飲み会が面白そうだったからです(笑)。

今後の抱負や目標があったら教えてください。

「Yoko Takeshita」として、27歳で本格的に活動し始めてから25年間、制作活動としても経済活動としてもよく続けてこられたと思います。いろんな人たちに感謝しています。近年はいつも、人生が終わる頃には純粋に絵を描いていたい、とイメージしています。その終焉のイメージは、きっと今やっていることの延長線上にあって、美術制作をすることでそれに向かっているのだと思います。私にとって美術制作をすることは生活をすることです。だから、どんなことがあっても楽しくてしょうがない人生だと思っています

●竹下洋子プロフィール

1966 年  長崎県生まれ
1991 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻油画技法材料 修了
1993 絵画から、編む作品へと移行する
1995 個展「色を結ぶ、音を編む」(渋谷パルコロゴスギャラリー)にて初めてニット作品を発表
1997 秋冬よりニットブランドYokoTakeshita設立
アパレル専門店やギャラリーなどで展示販売する
2001 〜 大分県へ活動の場を移す
2007 「デザイン希望峰 清水久和/竹下洋子/城谷耕生の活動」(長崎県立美術館主催)
2010 別府市にアトリエを構え、路地裏ファッションウォークを自主開催する
2014 〜 大分県立芸術文化短期大学非常勤講師
大分県を拠点に全国各地のギャラリーや百貨店などで作品を発表する


取材/藤田麻希 作品撮影/五十嵐美弥(小学館)

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