小学館賞を受賞した堀口晴名さんは、文化財保存学専攻の2年生。受賞作の「はらぺこ」は、西洋の古典技法であるテンペラを用いた作品です。いくつもの工程を経てできる金箔の豪華な背景と、絵本から飛び出したかのようなかわいらしいモチーフが、意外にもマッチしています。
■小学館賞を受賞しての感想を教えてください。
今年が学生最後の年でしたので、最後のチャンスだと思って「藝大アートプラザ大賞」に応募してみました。まさか賞をいただけるとは思っていなかったので、嬉しかったです。初めていただいた賞です。
■どのようなきっかけでこの作品は生まれたのですか?
現在、私は文化財保存学専攻の保存修復油画研究室に在籍しています。その授業で学んだ、テンペラの技術で自分独自の作品を描いたら、新しい作品ができるのではないかと思いました。
堀口晴名「はらぺこ」
■テンペラとはどのような技法ですか?
ヨーロッパの宗教画や祭壇画に用いられてきた技法です。いろいろ種類があるのですが、私がやっているのは卵の黄身を使うものです。木に麻布を貼って、そこにボローニャ石膏というイタリアの白い石膏に膠(動物性のゼラチン)を混ぜたものを塗って研いで、顔料を卵黄でといたものを使って絵を描きます。金箔の部分は、石膏地の上に赤い砥粉(キメの細かい粘土)を塗って金箔を貼り、これだけでは輝きが鈍いので、瑪瑙(めのう)という石で磨いてツルツルにしています。
■熊が本を置く机は絵の具で描いているのではありませんね。どのように表現しているのでしょうか。
金箔の部分を瑪瑙の石の棒で刻むとこういう模様ができます。石膏地は柔らかいものなので、水を含ませた布をのせ、石膏地に湿気を入れてから行ないます。
■テンペラにはどのような特徴がありますか?
テンペラは、カンヴァスではなく木の板を使うので、板のかたちを変えれば、いろいろなかたちの作品がつくれます。また、油彩のように乾くまでの時間がかかりません。また、下から重ねて様々な色をつくるので、動物の毛などを描くのに合っていると思っています。受賞作の熊の部分も、細かいタッチで、緑、そのつぎに白、ピンク、青などでちょっとずつ塗って、さらにまた違う色を少しずつ重ねています。
■なぜ熊をモチーフに選んだのでしょうか。
授業は模写や修復が中心ですが、自分の作品を描くときは、本を読んでいたり、カメラで写真を撮っていたり、人の動きをしている動物を描くことが多いです。人そのものを描くよりも、擬人化した動物の方が、見ている人が自分を投影しやすいかなと思っています。この作品を観る方にも、この熊がどんなものを食べるのだろう、と想像していただけたら嬉しいです。
■学部は日本画専攻ですね。なぜ大学院で保存修復油画に進んだのでしょうか。
学校にいるうちは技術を身に着けたいと思っていて、絵画技法材料・陶芸・染織などの様々な授業を受けました。その中でも特に、古典技法と修復に興味が湧きました。テンペラをどうしてもやりたくなって、保存修復油画を選びました。さらに、修復ならば絵の構造や、絵がどうやって劣化していくか、どうやって修復されているかを知ることができます。それは、絵描きとして必要な知識だと思っています。それらを意識しながら制作をしたら、今の時代にある作品とは違ったものをつくれるのではないかと思って保存修復油画に進みました。
■今後についてはどのようにお考えですか?
今年で学校を卒業します。今後は修復の仕事をしながら、テンペラやアクリル、日本画など、いままで学んできた様々な技法で制作をし、積極的に展示に参加していこうと思っています。
●堀口晴名プロフィール
1992 | 年 | 東京都生まれ |
2018 | 年 | 東京藝術大学美術学部絵画科日本画専攻 卒業 |
2020年現在 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程文化財保存学専攻2年
主な展示歴
2014 | 年 | 「からだ展」フラッグギンザギャラリー 「見参-KENZAN2014-」タワーホール船堀 |
2015 | 年 | 「アートのチカラ」伊勢丹新宿本店 「のびるのはな展」八犬堂ギャラリー 「たんざく展」新井画廊 |
2016 | 年 | 「たまらなくかわいいアート展」伊勢丹新宿本店 「酉とりどり展」伊藤忠青山アートスクエア |
2017 | 年 | 「猫・ネコ・NEKOアート展」伊勢丹新宿本店 「ワン!ダフル ニューイヤー展」伊藤忠青山アートスクエア |
2018 | 年 | 「異界のもの作品展」銀座三越 「たんざく展」伊勢丹新宿本店 |
2019 | 年 | 「壁画と保存-長谷川路可と現代作家展-」熱海市指定有形文化財 起雲閣 |
取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)
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