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東京藝術大学の前身時代には校歌があった!?「藝大校歌再生活動」監督・髙田清花さんインタビュー

ライター
中野昭子
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インタビュー

東京藝術大学(藝大)は、東京美術学校と東京音楽学校が統合されて設置された大学です。美術・音楽のプロフェッショナルを輩出している藝大ですが、大学の校歌や、校歌に類する歌は知られていません。ところが東京美術学校時代には、東京音楽学校出身の山田耕筰(やまだこうさく)が作曲を、東京美術学校出身の川路柳虹(かわじりゅうこう)が作詞を担当した校歌が存在したといいます。
今回は、そんな知られざる校歌を掘り起こすプロジェクト「藝大校歌再生活動」の発案者兼監督の髙田清花(たかださやか)さんにお話を伺います。「藝大校歌再生活動」を、校歌制定を求めるものではなく創作活動とされる髙田さんに、校歌との出会いや人とのつながりなど、まさに活動そのものがクリエイティブであるこのプロジェクトの全貌について、熱く語っていただきました。

※取材は2022年9月実施

髙田 清花(たかださやか)さん
東京藝術大学美術学部 先端芸術表現科学部 3年
「藝大校歌再生活動」監督

校歌との出会いと、予想を超えた展開

――プロジェクト「藝大校歌再生活動」は、髙田さんお一人で始められたのでしょうか?

髙田:はい。最初のきっかけから言いますと、私は2020年度に藝大の美術学部先端芸術表現科(先端)に入学しまして、昨年度先端ではフィールドワークの授業があり、藝大の歴史を調べて作品をつくるという課題が出ました。私はその時期、急性腸炎で授業を休んでいたのですが、クラスメイトの発表を聞くために中間講評を見学し、テーマについて考えているうちに、そういえば藝大には校歌がないな、と閃きました。
それで、授業の中で大学史史料室に問い合わせをしたりインターネットで検索したりして藝大の校歌を探してみたのですが、情報がほとんどありませんでした。しかしインターネットで必死で検索したところ、「東京美術学校には、山田耕筰作曲の校歌があった」という記載を見つけました。すぐに藝大の図書館へ行って山田耕筰全集を探してみたところ、メロディー譜と出会うことができました。それが初めて校歌に触れた瞬間ですね。

私は美術学部所属ですが、ピアノは習っていまして、メロディーから和音をつけることはできるので、1人でメロディー譜を基にオーケストラを打ち込みでつくり、藝大声楽科のメンバー5人に歌ってもらい、課題としては終わりました。それが2021年10月の話です。
その後、今年(2022年)の2月辺りに、ハープ専攻の友人にその話をし音源を聞いてもらったら、「演奏して歌いたい」という意見をいただきました。藝大は、日本でトップクラスの技術を持つ学生たちが集う環境ですので、同学年の約7割ほどが入っているLINEグループに自分の思いを伝え、一緒に歌って演奏してくれる人はいませんか、と投げかけてみたんですね。私は10人くらい集まればいいなと思っていたのですが、思いがけず80人くらいに参加いただくことができました。

「思いがけず80人くらいに参加いただいた」と語る髙田さん。

――80人とは、多くの人が集まりましたね。

髙田:ええ。たくさんのメンバーで編曲や演奏、合唱、収録、撮影などを担当しておりまして、組織づくりや調査などを今年の2月から4月くらいまで行い、5月から収録し、9月には全ての楽器の演奏とうたが収録できたという状況です。
そうした動きに伴って、校歌を作詞された川路柳虹氏の歌詞※の「美術」という部分を「藝術」に変えています。歌詞の変更にあたっては、川路氏のご親族に直接許可をいただいているのですが、ご親族の連絡先を探すのはとても大変でした。川路氏の詩を近年出版した出版社や文学館の方、川路氏の研究をなさっていた学芸員の方などに伺っても、ご存知ないとのことで、どこに聞いても分からないという状況だったのですが、川路氏関連のコンテンツをインターネットなどで調査するとわずかな手がかりがあり、なんとか連絡を取ることができました。

※川路柳虹氏の歌詞……
~東京美術学校校歌(藝大校歌再生活動版)~

緑かがやく上野の森、
燃えたり、若き、わかき希望、
藝術に生くる吾ら。
高き理想、
深き技術、
はげめよ永久(とわ)に、努めよ永久に。
歴史に誇る不朽の名、
巨匠の揺籃ここにこそ見よ。

(歌詞の「藝術」はもともと「美術」だった。)

――プロジェクトで集まったメンバーは、どういった方なのでしょうか?

髙田:やはり音楽専攻の方が多いですね。
また、他の学年に比べて、私たちの学年(2020年度入学生)の反響が特に大きかったと思います。私たちの学年は、コロナ禍のため、入学後半年以上大学の敷地さえ踏むことができませんでしたし、クラスメイトにも会えませんでした。学校への思い入れや関わりが、他の学年に比べて特殊なので、恐らくこのプロジェクトで響くものがあるんだと思います。
またこのプロジェクトでは、音楽専攻の人が多いとはいえ、美術と音楽の人が集まっているのも特徴といえるでしょう。藝大の中でも、舞台をつくるときなどは協力し合うこともありますが、それ以外でこれほど関わるのは珍しいと思います。

時代を超えた「いのち」としての校歌をつなげたい

――プロジェクトのきっかけは、最初は授業の課題だったということですね。課題として終わらせることもできたと思いますが、「藝大校歌再生活動」として継続され、規模が拡大しました。何がその熱意につながったのでしょうか?

髙田:今はコロナ禍もあり、人間同士のつながりを感じづらい状況にあると思います。私は、目の前の現代人同士だけではなく、時代を超えて未来や過去の人たちとつながりたいのです。
私は校歌も「いのち」だと思っていまして、プロジェクト「藝大校歌再生活動」に「再生」という言葉が入っているのも、その思いに由来しています。恐らく私の中で、プロジェクトへの熱意があり続けているのは、時代を超えたいのちに出会いたい、という思いがあるからでしょうね。また、熱を持ち続けることは、クリエイティブの先端にいる上で重要だと実感しています。
藝大の校歌には、歌詞の中で、芸術を志す者の生きざまや誇りが浮き彫りになる要素があります。校歌制作時からすると後輩である私たちですが、活動メンバーの話を聞くと校歌を歌っている時に、ないはずの記憶を呼び起こされたと感じる人や、校歌を通じて、私たちの更に後輩にあたる方々ともつながりたいと思う人が多くいました。私もそう感じています。

「時代を超えたいのちに出会いたい」と熱弁される髙田さん。

――プロジェクトのチラシやHPのキービジュアルの画像も、アーティスティックで美しいですね。こちらは何かを象徴しているのでしょうか?

髙田:こちらは、同じ学部の友人である鳥井波琉(とりいはる)さんに3DCGでつくってもらいました。上野公園で実際に生えている木がモチーフになっています。この木については、デザインチームでイラストを描いているメンバーに教えていただき、私も強く惹かれました。木は時代を超えた共通のものですし、校歌を継承するという今回のプロジェクトのシンボルとしてしっくりくると思い、モチーフとして選びました。

「藝大校歌再生活動」のチラシ。神秘的で美しいイメージ。

プロジェクトの今後の発展と、髙田さんの描く未来

――プロジェクトに関し、今後の展開や課題などはあるのでしょうか。

髙田:具体的な目標としては、2022年10月に音源を公開し、来年度にホールで公開演奏しようと思っています。音源は私たちの学年(2020年度入学生)で録り、来年のホールの演奏会は他の学年の方たちとも一緒に実施する予定です。
校歌を調査するためには、この藝大のことや、日本における校歌の意味などを調査し、校歌を起点にして、過去や未来に触れていきたいと思います。その一環として、東京美術学校や藝大の卒業生の方、現在藝大に関わっている方へのインタビューを行っています。
先日も、藝大卒業生の80代の方にインタビューし、音楽学部と美術学部の雰囲気の違いなど、百年近く前と今の藝大と変わらないお話や、今はない自由な出来事などもお聞きしました。そうした温かい空気は「チャカホイ」※の中にも残っていて、今でも雰囲気を知ることができます。

川路柳虹のご親族(左から香山由人さん、香山まり子さん)へのインタビューの様子(写真提供:藝大校歌再生活動)

藝大・東京美術学校の卒業生や修了生の中でも、校歌を知らないという方もいて、校歌をお見せしたら、「こんなまじめなものは歌えないなあ、専らチャカホイだったね」などとおっしゃっていました。そういった楽しい話は、四コマ漫画のような、とっつきやすいものとして残したいと思っています。

また、この活動は藝大の校歌制定を求める活動ではありません。 感性にも記憶にも残るような、歴史を経験できる場、例えば藝祭で歌う、などといったことを目指しています。そのため、歌だけではなく、本や漫画やポスターなど、いろいろな形の成果物を作品として残していきたいと思っています。

※チャカホイ……チャカホイ節、駄洒落歌とも呼ばれる。学生間の通俗的な歌のことで、明治時代に流行した。なお、東京美術学校のチャカホイも存在する。

藝大・東京美術学校の卒業生や修了生のお話は、大変面白かったそうです。

――髙田さんご自身は、今後どうなさるのでしょうか?

髙田:「いち作家としての制作」と「チーム、活動のディレクション、プロデュース」を行き来し、両者で得た知見を活かし合うような在り方を目指しています。

――髙田さんには全体への視点があるので、そういった方向を目指されるのはとても分かります。なぜ藝大の先端という学科を選んだのでしょうか。

髙田:私は、音楽に関しては、ピアノを継続してきたのですが、美術に関しては、図工の授業で作品をつくるぐらいで、それほど深く触れてきたわけではありません。高校時代は微生物に興味がありまして、大学は生物学方面や農学部などの方面に進学するつもりでした。
ところが高校2年生の冬に、自分のTwitterのアカウントで趣味の音楽やイラストをアップしていたら、私の専攻として、藝大の音楽環境創造科(音環)や先端が向いているのではないか、とおっしゃってくださる方がいたんです。その時自分について考えてみたところ、研究室に籠るよりも、表現したいという気持ちの方が強いと思ったため、藝大の音環を受験しようと、高校3年生の夏に音環のオープンキャンパスに参加しました。
ただ、私は自分から音楽や美術的な要素を表現したいと思っていたのですが、音環は裏方の印象が強かったのです。そこで質疑応答で聞いたところ、先端を勧められまして、高校3年生の11月くらいに藝大の先端を受験しようと決めました。

――お話を伺うと、粘り強くものごとを進める部分など、微生物に興味がおありだったのは頷けるなと思います。ところで髙田さんは、藝大をいったん休学されているとお伺いしました。

髙田:ええ。私は、現代では失われている、もしくは封印している感覚、例えば「音を視る」「香りに触れる」といった感覚や捉え方を呼び起こしたいという自分のテーマを持っています。コロナ禍で、あっという間に時間が過ぎていく中で、もう2年間も終わってしまったのか、作品はどうするのか、技術をつけたい、などと考えて、いったん休学しようと思ったのです。
休学期間中はインドネシアに行き、おがくずを菌床にしてキノコを育てるプロジェクトでアシスタントとして働いています。キノコは、昔、微生物に興味があったことと関わっていますね。
休学することは1月には決めていまして、今年は日本とインドネシアを行き来する予定だったのですが、そこに加えて2月にこのプロジェクトが始まりました。想定外の忙しさでしたが、非常に充実していますね。まずは、音源公開と来年のホールでの発表まで、全力投球したいと思っています。

藝大校歌再生活動 直近の活動について

藝大校歌再生活動 詳細

公式Webサイト:https://geidaikouka-saisei.studio.site
公式YouTubeチャンネル:https://www.youtube.com/channel/UCbPdyYiHOAGTgRg7siN_fLg
公式Instagram:@geidai_koukasaisei
公式Twitter:@geidai_kouka

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