花と蕾展 出品作家インタビュー 額賀苑子さん

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藝大アートプラザ
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陶やテラコッタを素材に、一見普通だけれども、よく見ると「あれ?」と引っ掛かりのある不思議な作品をつくっている額賀苑子さん。多かれ少なかれ人間ならば誰しもが直面することのある、本来の自分と虚像とのズレ、建前と感情の矛盾といった問題を、彫刻という立体で表現しようと試みています。そんな額賀さんに、新たに挑戦したレリーフについて、そして過去の藝大アートプラザの出品作についてお話を伺いました。

今回レリーフに挑戦した理由を教えてください。

イタリアのドナテッロやマヨリカ焼き(イタリアで焼かれる錫釉の陶器)、初期ルネサンスの作家のアンドレア・デッラ・ロッビアなどのレリーフが気になっていたからです。レリーフを作品として完成させたのは今回が初めてです。

額賀苑子「サーフェイス(レリーフ)02」
額賀苑子「サーフェイス(レリーフ)02」

これまで立体作品をつくる際も、レリーフと彫刻の間、背面のあるレリーフのようなものをつくっていました。レリーフは絵画のように視点を一方向に限定することができますが、彫刻は360度、どの方向から見ることができるので、視点を絞ることができません。そこで、彫刻だけれども、一点から見たときにだけ像が結べるような作品をつくっていました。ある一つのの方向から見ると立体的に見えるのですが、別の方向から見ると細くて薄い、そういうものを長らくつくっていました。しかし、それだけだと行き詰まってしまって、本当のレリーフをつくってみることにしました。

「サーフェイス(レリーフ)02」は顔が二つ重なっているようですね。

立体で表した顔と描かれている顔の位置がずれています。目も鼻も口も髪の毛もずれています。これをつくっているときはユングの『ペルソナ』が気になっていました。相対する人によって変わっていく社会的な自我が、自分でも気づかないうちに定着していて、それが自分の無意識よりも強い力をもってしまう。そういったことを彫刻で表現できないかと思って、実際の厚みと虚構の陰をずらしてみたところ、やはり立体よりもペイントの方が強調されて見えました。彫刻は強固なメディアだと思っていたのですが、意外と儚い存在であることがわかりました。

額賀苑子「サーフェイス(レリーフ)02」部分
額賀苑子「サーフェイス(レリーフ)02」部分

「サーフェイス(レリーフ)01」は、いかがでしょうか?

これも同じコンセプトですが、線描を強調して、よりドローイング的で軽やかなイメージでつくっています。線は金で描いているのですが、金は光を反射してしまうので、彫刻のもっている立体的なグラデーションを無視した表面をつくってしまいます。それを逆手にとって、金彩でドローイングをすることで彫刻に切れ目を入れることができないかな、と思いました。

額賀苑子「サーフェイス(レリーフ)01」
額賀苑子「サーフェイス(レリーフ)01」

額賀苑子「サーフェイス(レリーフ)01」部分
額賀苑子「サーフェイス(レリーフ)01」部分

どちらの作品も葉のモチーフが使われていますね。

さきほど申し上げたマヨリカ焼きのレリーフに、オリーブやレモンの葉がよく用いられるのですが、それが単純にかわいいなと思ったのと、いわゆる彫刻には背景をつけることはできませんが、レリーフであれば背景をつくることができるので、せっかくだったらやってみようかなと思いました。

眼鏡をかけている人や手鏡を持った人を表した作品も多いですね。

紙に一本線をかけば地平線を表現出来る絵画に対し、彫刻は地平にものを置くことはできても、地平を表現することがとても難しいメディアだと考えておりました。そこで、彫刻のなかに背景をつくろうと試みたものがサングラスや手鏡の作品です。鏡に映った自分などがわかりやすいですが、実際には存在しない虚像に対し、みんなあたかも存在しているものとして振る舞うことってありますよね。私は、そういった虚像に厚みつくることが彫刻だと思っています。ですから、眼鏡に映る人や手鏡に映った部屋という虚像を表すことで、彫刻なりの背景を表現できないかと思いました。

額賀苑子
額賀苑子「手鏡」
※現在は展示されていません。

虚像をあらわすときになぜ、眼鏡や手鏡をモチーフにしたのでしょうか?

人が見ているものを知りたくなっても、他人は想像することしかできないですよね。彫刻や絵の人物がなにを見ているのかは、さらにわかりません。見ているものを想像するときには、思考や物語の押しつけを自分勝手にしてしまうものです。そこで「この彫刻の人物が見ているのはこれです」とあえて作品として提示してしまう、そのやぼさを表現しようとして、あえて眼鏡に映ったものなどを表しています。

斜めにしている作品も多いですね。

手癖もあると思いますが、一つの理由としては、イラスト的な軽やかさを出したいことがあります。他に、矛盾や割り切れないこと、彫刻の不安定さやうつろいに興味があるので、完璧なものをつくるのではなく一方向にゆがませ、抜けのある造形を求めてるのかもしれません。

額賀苑子
額賀苑子「j」
※現在は展示されていません。

過去の展示の作品ですが「j」も立体の顔と描かれた顔がずれていますね。同じコンセプトのなのでしょうか?

このコンセプトのなかではもっとも古い作品かもしれません。この頃は、彫刻の凹凸をなだらかにして、ピンぼけ写真ならぬピンぼけ彫刻みたいなイメージの作品をつくっていました。ピンぼけにするなら知らない人をピンぼけにしても意味がないかなと思って、有名人のポートレイトをモチーフにしています。「a, l」もその一種なのですが、誰だかわかりますか?

額賀苑子
額賀苑子「a, l」
※現在は展示されていません。

日本人ではなさそうですが…。

アンディ・ウォーホルとルイーズ・ブルジョアです。二人のツーショットの写真からつくりました。アイコニックな人でも厚みをぼやかすと匿名性がでてきます。象徴的な人物でも、人の目を介し、メディアを跨ぐごとにそれぞれの意図や先入観によってトリミングされたり歪められて、ついには元々の人物像からかけ離れたものになってしまう事象を表現できればと思い制作しました。

作品に色を使うようになったのはいつからですか?

昨年からです。2年くらい作品をつくれなくなってしまった時期があって、どうしようかと思っていたのですが、そんなときにアートプラザの伊吾田さんが「展示しない?」と声をかけてくれました。自分でいうのもあれなのですが、いままでまじめな重い雰囲気の彫刻を作ってきて、その結果行き詰まりを感じていました。それまで展示していたギャラリーがなくなってしまったこともあり、いままでのキャリアとは関係なくつくりたいものをつくろうと思って、眼鏡とかポップでイラストっぽい雰囲気の作品をつくり始めて、去年3月の「おめでとう!の春色展」に「サングラス」を出品しました。色を使い始めたのは、その展示自体が、ピンクと緑という色の指定があったことがきっかけです。

額賀苑子
額賀苑子「サングラス」
※現在は展示されていません。

木や石を彫るのではななく、陶やテラコッタを使っているのはなぜですか?

思い通りになるかんじと、ならないかんじの具合が丁度よいです。カービングはずっと手の内にありますが、テラコッタや陶は窯で焼くときに一回完全に自分の手から離れます。窯から出したときに「こんなになっちゃうの!?」ということもありますし、反対に予想外によくなることもありますし、私の手柄半分、偶然半分なかんじが面白いです。また、テラコッタや陶は扱いにくいですが、人類にとって昔から造形につかってきた素材なので馴染みやすいですし、私は彫刻の「もろさ」もテーマにしているので、その点も良いのかもしれません。

額賀苑子
額賀苑子「リモコン」
※現在は展示されていません。

幼少期のころからものづくりが好きだったのですか。

あまり手先が器用なタイプではなくて、陶芸や工作は得意じゃなかったです。お絵かきが好きで、受験を決めた頃はデザイン科を受けようと思っていました。高校生って彫刻といえばロダンぐらいしか知らないじゃないですか、「あの暗い色の渋いやつは別に…」と思っていたのですが、卒業制作展を見に行って、色も使っているしいろんな表現ができて面白そうと思うようになって、なにより自分の考えていることを厚みとして世界に出せるのがよいなと思って、彫刻を選びました。

額賀苑子

今後の抱負についても教えてください。

その時々の気になっていることを、自分のわかりやすい方法で表現できればいいと思っています。今は、人間が矛盾を許せないことが興味深いです。俗っぽいことを言えば、みんな不倫をテーマにした曲を好きだったりするのに、芸能人が不倫したらすごく怒るとか、間違ったことを言わない人はいないとわかっているのに、有名人が間違ったことを言うと怒っちゃうとか、そういったことです。実際に私も許せないと思うことはありますし、そういった表象と真相のずれ、不確定さに興味があります。今後どうするかはわからないですけど、はまっているときはずっとつくり続けられるので、しばらくは今と同じ感じでつくり続けると思います。

●額賀苑子プロフィール

1989 年  神奈川県生まれ
2013 年  東京藝術大学美術学部彫刻科卒業
2015 年  同大学大学院美術研究科修士課程彫刻専攻修了

【受賞】

2013 年  安宅賞受賞
2015 年  杜賞受賞
アートアワードトーキョー審査員賞・建畠晢賞 受賞

【個展】

2016 年  額賀苑子 ーNot clear-(Gallery jin/東京)
2019 年  額賀苑子「紗のむこう」(Hideharu Fukasaku Gallery Roppongi/東京)

【設置】

2018 年  広岡浅子像(大同生命大阪本社ビル)


取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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