藝大アートプラザリニューアル当初から計画されていた、ショッパーとスケッチブック、缶バッジの販売が遂にスタートしました。これらのデザインを担当したのが、日本デザインセンター・色部デザイン研究所を率いる色部義昭さんです。色部さんに今回のグッズについて、藝大学生時代のお話、過去のお仕事などについて伺いました。シンプルな表現に隠されているデザインのポイントとは…。
■藝大アートプラザのグッズをデザインすることになった経緯を教えてください。
藝大のUI(ユニバーシティ・アイデンティティ)をデザインすることになったのが、そもそものきっかけです。それまで、1950年に学内コンペで清水廣さんがデザインされたアカンサスの徽章はあったのですが、使用のルールは決まっていませんでしたし、欧文ロゴもありませんでした。藝大では130周年(2017年)を機に、東京藝大のアイデンティティを国際的に発信するため、東京藝大のロゴ、英語呼称およびロゴカラーを統一的に展開するため、UIプロジェクトが発足いたしました。このアイデンティティは、主に働いている職員の方や学生が目にするものです。せっかくだったら、外部と接点のある藝大アートプラザでも発信できたらということで、グッズや紙袋にUIを落とし込んでいくことになりました。
ショッパー
■今回デザインしていただいた、グッズ、紙袋でこだわった点を教えてください。
一見わかりにくいのですが、グッズに施されている大胆な柄は、アカンサスのマークの「藝」という文字を拡大したものです。このように2枚の紙袋を角度を変えて並べると、ぴったりとつながるところがあります。かなり大胆な構成をしているのですが、引いてみたときは一つの柄としてのまとまりも担保しているという点がポイントです。まず、藝大はものづくりの大学なので、整然と等間隔に並べた機械的なパターンにしたくありませんでした。拡大した「藝」の文字を使うときも整理しすぎないように、線の抑揚を残し、手で作ることを連想させる柄にしました。
■たしかに、柄の部分は直線ではなく少しゆらいでいますね。使用した色についてはいかがでしょうか。
そうですね。藝大のアイデンティティを作る際に設定した3色(ゴールドを連想させる色と、ラピスラズリと黒)に則しています。違いとしては、学内で使う封筒や名刺の場合、マークに色が入っているのですが、グッズではそれを逆転させ、下地に色を使っています。
スケッチブック
■苦労した点はありますか。
360度どこから見ても一つの柄に見えるパターンをつくるのは、平面上では難しいので、大きさを微妙に変更しては立体にして、それを繰り返しながら決めていきました。また、藝大ということがわかるように、拡大していないロゴも配置しています。小さな1点がデザインの力点をつくっていくので、モックアップ上にロゴをプリントした紙を置いて移動させながら、作為的になりすぎない良い場所を考えました。
缶バッジ
■藝大のUIの依頼の時点で、アカンサスのマークを使うことは決まっていたのですか?
そうです。アカンサスと前学長の宮田亮平さんが書かれた書を組み合わせることは決まっていました。唯一なかったのが欧文のタイポフェイスだったので、それは自分で設計しました。難しい課題だなと思ったのは、作者も時代背景も異なるものを組み合わせなければならなかったことです。最初に出した答えは、和文を左上、アカンサスを中央、欧文を左下というように、あえて近くで組み合わせないデザインシステムでした。かなり尖った提案だったので、いろいろなご意見もあって結果的に現在のデザインになったのですが、自分としては提案性も含めて思い入れもあります。
色部さんが最初にデザインした東京藝術大学UIを使用した封筒
現在使われている、東京藝術大学UIを使用した封筒。
■最近まで欧文ロゴがなかったのですね。
決まったロゴはありませんでした。手紙を送る際も、それぞれの先生がつくったレターヘッドや封筒を使ってやりとりしている状態でした。また、欧文で表記する際の呼称を、愛称の「TOKYO GEIDAI」にすることも、このときに決まりました。
■アカンサスのマークに対しては、どのような印象を持ちましたか?
学生時代はさほど意識していたわけではありませんが、あらためてこの機会をいただいて見たときには、よくできたマークだなと思いました。形も整理されすぎていないので、人の温度が残っています。個性的ではありませんが十分藝大らしい魅力があるので、その魅力を引き出して最大化することが自分の役割だなと思いました。
■ところで、なぜ美大・藝大を受験し、デザインを専攻することにしたのですか?
もともと絵を描いたり立体物をつくったり、ものをつくるのが好きで、そういう仕事がしたいと思っていました。その際、建築、デザインの二つの選択肢を思い浮かべたのですが、デザインの方が建築よりも手を動かすことと密接な学生時代を過ごせそうだなと思って、デザインを選びました。また、建築とは違って、デザインの方が個人のなかで完結できる部分が大きいので、その方が自分に向いているとも思いました。
■どのような学生だったのでしょうか?
日比野克彦さんやタナカノリユキさんのように、企業のためのデザインというよりも、自分のクリエイティブをアートピースとしてとして社会に発信していく活動をされている先輩方の後ろ姿を追いかけて、いろんなことを試していましたね。ポスターなどいわゆるデザイン的な作品も作っていましたが、立体作品やインスタレーションみたいなこともやってと、興味が散漫で何一つかたちにならなかった(笑)。頭でっかちでものを最後まで作品を完成できない、そんな学生時代でした。
藝大のデザイン科のよいところとしては、私立の美大と違って、入学する時にプロダクト、グラフィック、ランドスケープといった、ジャンルを選択する必要がないことです。全方位で学べる環境があるので、平面と立体をつないだ柔軟な思考が生まれます。
■それがいまの色部さんの活動の幅広さにつながってくるのですね。
非常に大きいと思います。僕の専門は、情報を、ビジュアルをベースに編集し表現することなので、空間でも紙でも全方位に対応できます。日本デザインセンター自体のベースはグラフィックデザインですが、いまは多方面に展開しています。自分に平面だけでなく立体もつくれる感覚があるのは、藝大のおかげかもしれません。
■色部さんの過去のお仕事で、印象に残っているものを教えてください。
一つは、2013年にリニューアルされた千葉県市原市にある市原湖畔美術館です。湖のほとりに建っている特徴をわかりやすく伝えるために、漣を表した動くロゴをつくりました。これは画家の福田平八郎さんが描いた「漣」という絵をイメージしています。あの絵のようにずっと見ても見飽きない風景の魅力と、美術館の個性をつなげようと考えました。
市原湖畔美術館入口。漣をイメージしたロゴマークが配される。
サイン計画も担当しています。どのようなサインだったらでこぼこした空間のなかをわかりやすく誘導できるか考えて、道路の白線のような表現を思いつきました。壁自体に点線でできた矢印をシルクスクリーンでプリントして、角があったとしても点線を辿っていけば目的地にたどり着けるようにしました。サインのデザインは空間の脇役でしかありませんが、じつは想像以上にそういうものに接しながら我々は空間の体験をしています。ほかにもグッズなど、トータルでいろんなことに関われたので、思い入れのある仕事です。
市原湖畔美術館内部。壁自体にサインがプリントされている。
二つ目はOsaka Metroの仕事です。民営化するタイミングの依頼でしたので、「Osaka Metro」という愛称を決めるところから関わりました。世界各国から人々が訪れる国際都市のインフラなので、誰が見ても地下鉄だとわかるようにする必要がありました。それと同時に、大阪の方は自分たちの街にすごく誇りを持っているので、大阪独自の個性が備わっているようなデザインが求められました。世界の地下鉄のマークをリサーチしたところ、メトロのMをマークにしているところが圧倒的に多かったので、マークはMにしました。さらに大阪の個性を表現にするために、Mをリボン状に表現し、リボンでできた立体のMを回転させて側面から見ると大阪の「O」になる。Oを内包するMで表現しました。その映像を駅や車内のサイネージで流しています。そうすれば、なぜこのマークにしたのか、乗客にもひと目でわかります。デザインは公共性のあるものほど、いかに理解してもらえるか、受け入れてもらえるかが大事です。
Osaka Metroのロゴマーク。
■色を青にしたのはなぜですか?
地下鉄の路線カラーとマークの色が同じにならないように青を選び、視認性が大事なのでコントラストを強くしています。青は落ち着いた印象がありますが、鮮やかな赤味のある青を使うことで大阪の街の活気とも馴染むようにしました。細かいところですが、青の色を濃淡2色使っているのもポイントです。それによって、フラットな路線カラーと見分けがつき、遠くから見ても視認性が担保されています。とにかく展開される数が多く、グラフィックデザインの影響力が感じられたプロジェクトでした。
■今後の目標を教えてください。
既に始めているのですが、これからは海外の仕事も積極的にやっていきたいと思っています。グローバルでありながら、その地域特有のローカル性やその地域ならではの資源をデザインで伝えていく仕事をしてみたいです。
●色部義昭プロフィール
グラフィックデザイナー、株式会社日本デザインセンター取締役
東京藝術大学大学院美術研究科修士課程修了後、株式会社日本デザインセンターに入社。2011年より色部デザイン研究所を主宰。主な仕事にOsaka MetroのCI、国立公園ブランディング、市原湖畔美術館・須賀川市民交流センターtetteなどのVIとサイン計画から、パッケージ、展覧会デザインまで、グラフィックデザインをベースに平面から立体、空間まで幅広くデザインを展開。One Show Gold Pencil、東京ADC賞、亀倉雄策賞など国内外のデザイン賞を受賞。
取材・文/藤田麻希 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。