COLUMN & INTERVIEW コラム&インタビュー

「その場合、わたしは何をする?〜版画のひきだし〜」出展者座談会(三井田盛一郎先生、堀岡暦さん、加川日向子さん)

2021/07/29 インタビュー

8月22日まで好評開催中の版画研究室による展覧会「その場合、わたしは何をする?~版画のひきだし~」

インタビュー第1弾では、同展の展示を中心になって進めてきた加川日向子さんにお話を伺ってきましたが、第2弾では、版画第2研究室の三井田盛一郎先生、助手の堀岡暦さん、そしてインタビュー第1弾に続き加川日向子さんの3名にお話を伺いました。

加川日向子さんへのインタビュー記事

対談では、本展に対する思いや企画意図、版画の楽しみ方まで、リラックスした中でいろいろと語っていただきました。

本展では、副タイトルに「~版画のひきだし~」と付けられました。チラシも、引き出しの形を模した凝った作りになっていて目を引きますね。

三井田盛一郎先生(以下「三井田」と表記):このチラシにもあるように、今回は「ひきだし」がテーマになっているんです。今から3年ほど前に、藝大大学美術館から美術品保管用のキャビネットを譲り受けたことがきっかけで、藝大アートプラザがオープンしたばかりの頃に堀岡さんを中心に、版画研究室で今回と同じキャビネットを使った「版画のひきだし」という展示を行っているんです。チラシは、その引き出しのかたちが表現されているわけですね。


三井田盛一郎先生

前回は、2019年の冬にやられていますね。

三井田:前回は出品者も教員や助手がメインで、「引き出しの中に入れますよ、以上」というシンプルなコンセプトだったんです。今回は、「版画のひきだし」というテーマはそのままに、引き出しという道具を使って、かなりテーマの部分で遊んでみたり、引き出しから想起されるもので展示のコンセプトを詰めていったり、かなり煮詰めています。

なぜ、「ひきだし」にこだわった展示を企画されたのですか?

三井田:引き出しには、小さいものしか入りませんよね。版画の歴史を見ていくと、近代~現代にかけて、サイズがどんどん大きくなるんです。油彩作品等に比べると、昔からずっと版画は小さな作品で有り続けました。ですが、アーティストが版画を手掛けるようになった近代以降、版画のサイズがどんどん大きくなっていったんです。


展示の様子。テーマ別に整理された引き出しを開けると、中にはたくさんの版画作品が待っています!

サイズが大きくなっていった理由はなぜなのですか?

三井田:美術館で作品を展示する際、他のジャンルに負けないように、できれば大きく見せたいですよね。それで、版画は巨大化し、重たくなっていくんです。それがピークに達したのが、私が学生だった1990年代でした。そこで今、あらためて版画の原点に戻ってみよう、ということで、書籍の中に入るような小さなサイズで表現して展示することを考えつきました。引き出しの中で、印刷物に回帰する版画というものをもう一度考えてみようか、と。版画の元の姿ってどうだったのだろう、という問いが、今回の展覧会テーマを考えた出発点になっていると思います。

もともとは、版画は庶民の生活に密着した、気軽に楽しむものだったのですね?

三井田:そうですね。たとえば江戸時代は木版画印刷がメディアの全てでしたから、そこに絵を載せようと思ったら木版画で作ることになるわけですね。ヨーロッパなら、19世紀以降新たにリトグラフが普及しますが、その前は木版や銅版もありました。でも、日本でも西欧でも、それぞれが印刷メディアとして機能している時代、そこに載っていた絵は全て版画だったんです。版画の原点はそこにあるわけです。それこそ、「ひきだし」に入るぐらいのサイズで手にとって楽しむようなものだったのではないか。必要以上の大きさは不要だったはずなんです。

展示のタイトル「その場合、わたしは何をする」っていうタイトルも意味深で面白いですよね?

三井田:考えてくれたのは中島摩耶さんという学生で。彼女は凄くユニークで、意味が瞬間壊れて捉えきれなくなるような言葉をよくつぶやくんですよ。「その場合、わたしは何をする」は絶妙に想像力をかきたてられる言葉だなって。

みんなで持ち寄ったアイデアを15のテーマに集約


展示風景

今回は、3年前と違って、研究室のメンバー全員でアイデアを持ち寄って煮詰めていったのですね。

加川日向子さん(以下「加川」と表記):版画のテーマに関しては、事前にメンバーに考えておいてもらって、そこからミーティングの場で挙がったテーマをどんどん決めていきましたね。直感的に決めた人もいれば、深く考えてきた人もいて、様々でした。

堀岡暦さん(以下「堀岡」と表記):本当に即興的に、自分が今描きたいものを挙げた人もいただろうし、単純に誰かが描いたものを見たいからという理由で挙げてくれた人もいたかもしれないですね。


左:加川日向子さん、右:堀岡暦さん

加川:きっかけは、私がミーティング中に落書きしたクマを見て、山田桃子さんという学生が「みんなでクマ描きましょうよ」と。

えっ、クマだったのですね!

加川:そうなんです。そうすると、それに引きずられたように「猿」とか「ゴリラ」とか芋づる式にアイデアが出てきて(笑)。

堀岡:引き出しに入らないものも敢えて出ています。クマとか大きいサイズのものも…。

加川:このテーマは壁に展示しよう、と決めたものもありました。それも、お題を出した人の裁量次第としました。

堀岡:「ひきだし」といっても、内側もあれば、外側もあるわけですから。そういった相対的な考え方が、ミーティングの場で自然に出てきたのは面白いなと思いました。

展示以外でも、藝大アートプラザの前でイベントをやったり、マーケットをやったり。結構大掛かりですね。発案のきっかけはどうだったのですか?


ワークショップ詳細

堀岡:まず、アートマーケットやコミケ的なイベントは、いつかやろうよと言っていたんです。それで、やるなら今なんじゃないか。ただ、藝大アートプラザのレジを離れてお店を構えるとなった時に、たとえばお金の管理をどうしよう……という課題が立ち上がってきて、加川さんどうしようね、って。

加川:じゃあ、「お金券」みたいなものを作って、それを使ってやりとりをするのが正しいんじゃないですか、じゃあそれはやっぱり「葉っぱ」だよねと(笑)。

堀岡:人を騙すわけではないのですが(笑)。でも、ミーティングでぽんぽん会話が弾む中で生まれてきたアイデアでしたね。版画家って、やっぱり思いついたものを、そのままそれらしくできるという旨味を覚えてしまった人たちの塊なんでしょうね(笑)。

加川:模したものは得意分野なんでしょうね。

アートマーケットでは、どのようなものを販売しようと考えていらっしゃいますか?

堀岡:作品を作った途中で出る切れ端など、副産物的なものになると思います。捨てるには惜しいものを生かした何かを提供できれば……と思っています。

誰でも受け入れる懐の深さ。それゆえの人材の多様性が版画研究室の特色

今回は、かなりのメンバーが出品されていますよね。

堀岡:版画研究室に在籍しているメンバーに加えて、ここ2~3年の卒業生に呼びかけました。決まったテーマの中から、興味あるものや、もしかしたら、すでに制作済みのストックの中から、このテーマなら合うかもしれない、という作品があれば出して下さい、とお願いしたところ、30名以上集まってくれました。中には、油画専攻の学生や、先日退任されたOJUN先生も出してくださることになったんです。「版画のひきだし」というタイトルに沿って、版画の場合ならどんな作品が成立するのだろうか、という考え方で制作をしていただくようにしました。


堀岡暦さん

加川:「版画縛り」が大前提でしたね。油画専攻の学生さんから問い合わせが来たときも、なるべく、版画の技法なり考え方が作品に現れている作品の出品をお願いしました。

版画のあり方について、それぞれが考えてアプローチしていく機会でもあったのですね。それにしても、油画専攻の方など、他の学科の方との交流も活発なのですね。

三井田:結構、他の学科からも「版画をやってみたい」という学生は来ますよ。事情を聞いて、基本的には断らずに教えてあげるようにしています。

懐の深さがありますね!

加川:版画を志す人の大半は、やっぱり入学してからの実習がきっかけになっているのではないかと思います。カリキュラムに組まれている版画の実習で、ああ面白いな、と思う人は、私だけじゃなくて結構いると思います。

三井田:ここ数年は、日本画専攻を卒業した後、版画研究室で大学院生になる人が続いていますね。

堀岡:学生の横のつながりや先生からの紹介で、受け入れることが多いですね。

三井田:他学科から来た学生は作品に対するアプローチの仕方が違うので、面白い版画が出てきますし。そういう意味では、版画という分野は、どんなジャンルでも入るということにつながってくるんですけどね。

今、研究室に所属されているのは何名くらいいらっしゃるのですか??

三井田:ここは版画第2研究室ですが、第1研究室も入れて、学部生まで含めると30名から40名ぐらいの所帯ですね。

版画の面白さは、「言葉」との深い関係性にある?

そんな懐の深い、バラエティに富んだバックグラウンドをお持ちの方が多く在籍されている版画研究室ですが、メンバー全体としての、他の研究室にはないような独自の個性などがあれば、教えて頂けますか?

堀岡:代々の所属メンバーを見ていくと、「言葉遊び」が好きな人が多いという気がします。ダジャレなども含めて。キャラクター的にはおとなしめの人が多いんですけど、くすっと笑えるようなことを、ふとつぶやいてみたり…。

三井田:作品もそうかもしれませんね。

堀岡:ユーモアやひねりが効いた作品を作る人が多い印象はありますね。

加川:みなさん、大喜利にも強いですよね(笑)。

三井田:版画は、元々言葉との関係の中で成り立ってきたものなので、言葉が好きな人は多いと思いますよ。文章を書く人もいるし。詩を書いたり、俳句や川柳をやっている作家もいます。それは本との関係で版画を作っている人が僕の身の回りで増えてきているということと関係していると思います。今いる学生たちも、言葉が好きだと思います。実際に綴じた本を作りたいといって、加川さんのようにアーティストブックを作っている人も出てきていますし。

堀岡:版画って特殊で面白いな、と思うのが、作品のタイトルが絵の中に入っていることだと思うんです。タイトルだけでなくサインなども入る。この作品が何枚制作されて、何枚目の作品である、というエディションナンバーの情報まで全て作品の表側に入ってくるというのは、他ジャンルにはあまりない特色ですよね。ある意味、デザイン的な部分を感じたりとか。実習で習うんですよね。タイトルを入れて、エディションを入れて、サインを入れてというのは。お作法的な部分は、習って覚えるんです。そして、そこで結構違和感を覚える部分はありますね。

三井田:そうかもしれない。

入れなさい、という指導があるんですね。

堀岡:そうです。こうすることで収まりがいいのだと飲み込めてからは、結構そこで遊べてくることもあります。でも、作品の表側に色々と言葉が入る様式を受け入れていくことで、版画を作る上で言葉と一緒にあるイメージが一つの形式として自分の中に染み込んでいくものなのだろうな、と思います。

三井田:面白いですよね。たとえば、浮世絵ってもともと、一枚の絵ではなく、絵本から始まるんですよ。最終的に本から絵だけが独立して、一枚の絵の中に、タイトルはもちろん、絵師の名前や出版社(※版元)、印刷屋(※彫師、摺師)の情報まで全部印刷されるんです。一枚の中に、表紙、内容、奥付まであるっていう形式を江戸時代以降、200年ぐらい続けてくるわけです。だから、あの感覚っていうのは、現代の版画の中にもまだ残っていると思うんです。小さくても残っているんですよね。

堀岡:サインが入っていないと、作品としてカウントされない慣習などはそうですね。版画を刷っていく中では、何枚でも刷れてしまう作品もありますが、自分が作品として世の中に出したいものだけに、エディションをつけたり、作家保存用やプリンター用、非売品用など、細かく用途を区分してサインを入れなければならなかったり、そういった細かい決まりごとは、版画をやっていない人から見ると特殊なことに見えるかもしれませんね。

三井田:でも、サインを入れている時間って凄く贅沢なんですよ。

堀岡:これを今から作品にしてやろう……みたいな。

三井田:内容がわかってくると面白いですよ。お作法も。そういう細かい決まりごとなども含めて、見に来てくれる方がそんなことまで気づいていただけると面白いですよね。

最後に~来場者に向けたメッセージ~

最後に、展覧会に向けてのメッセージをお一人ずつお伺いできますか?

三井田:なんでもない紙に刷られているものが、こんなに面白いんだ、ということに気づいてくれると嬉しいです。ある1枚の印刷物が、複雑な手作業の工程を踏んで出来ているかと思えば、様々な思考をクリアした上で、最終的には非常にシンプルな形でアウトプットされている作品もあります。見た瞬間にはわからないような作品の裏側まで「ああ、そうか」と見てもらえるような気づきの場になると、凄く面白いなと。物の価値って、そこから生まれてくると思うので。藝大アートプラザでの作品には、全て値段がついていますから「なんでこの値段なの?」という理由もわかっていただくといいですよね。

堀岡:版画は、手にとって楽しめるものなんだ、と思えるような仕掛けをたくさん作りました。ひとつのテーマに対して集まった作品を見て、この場所で何かが起こったのだな、というような想像をしながら見ていただけると凄く楽しいだろうなと思います。いろいろ想像力を自由に広げて見ていっていただければと思っています。

加川:今回の展示は、「その場合、わたしは何をする」という展示のタイトルがまずあります。三井田先生をはじめとする各出品者が、作品として15のお題に対して出したそれぞれの反応を見比べると、作家像が見えてきて楽しいかなと思います。なかなかこれほど多数の作家を一度に見られる展示もないと思うので、ぜひ注目してもらいたいです。本当にみんな頑張って作っていますので!

三井田:とにかく多くの作品を一度に見ることができるので、会場にお越し頂いたら本当に楽しんでいただけると思います。版画が面白いんだ、っていうのを知って帰っていただきたいと思います。

●三井田 盛一郎プロフィール

1965 年  東京都生まれ
1992 東京藝術大学美術学部絵画科油画専攻 卒業
1993 同大学大学院美術研究科版画 中退
現在 東京藝術大学 教授

【展覧会】

2000 年  町田市立国際版画美術館作家招聘 次代をになうアーティスト達① 三井田盛一郎展
2009 EXHIBITION MIIDA SEIICHIRO 尾道市立白樺美術館
2011 AWAGAMI and Print Expression 2011 文房堂ギャラリー(東京)
2014 国際木版画会議2014 展覧会:木版ぞめき
2015 Exhibition MIIDA SEIICHIRO - "岸壁の父母-此の人の月日" Higure17-15 cas.
2017 日中交流展「紐帯」寧波美術館(中国 寧波)他個展多数

●堀岡 暦プロフィール

1992 年  東京都生まれ
2018 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻版画 修了
現在 同大学美術学部版画研究室 教育研究助手

【主なグループ展】

2019 年  Publish or Perish!-Graphica Creativa 2019 HEARAFTER(JYVÄSKYLÄ ART MUSEUM/フィンランド)
2018 なでたような跡がある(表参道画廊/東京)

【受賞】

2017 年  O氏記念賞
2016 上野芸友賞

●加川日向子プロフィール

【略歴】

1997 生まれ
2021 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程版画第2研究室修士2年

【展示歴】

2018 年  「ビーナスを綴じる」展(アートコンプレックスセンター/東京)
2020 第45回全国大学版画展(町田市立国際版画美術館/東京)
2021 絵画の筑波賞2021 東京藝術大学推薦出品


「その場合、わたしは何をする?~版画のひきだし~」
会期:2021年7月16日 (金) - 8月22日 (日)
営業時間:11:00 - 18:00
休業日:7月26日(月)、8月2日(月)、10日(火)~16日(月)
入場無料、写真撮影OK


取材・文/齋藤久嗣 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。