「The Prize Show―藝大アートプラザ大賞受賞者招待展―」 出品作家インタビュー 加藤萌さん

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漆という素材を用いて、動物を表現する加藤萌さん。その作品は、動物本来の潜在的な緊張感に包まれ、対峙する鑑賞者もその迫力に飲まれてしまうようです。そんな動物たちが持つ独特な空気感を作品に閉じ込める加藤さんは現在岡山県の山の中で制作をされています。その独特な手法はどのように生み出されたのか、そして岡山での暮らしが作品にいかなる影響を与えたのか、お話をうかがいました。

今回はどのようなテーマで作品を選ばれたのでしょうか。

今回はネコの作品を出品しました。なんだか私が藝大アートプラザさんに出品する際、猫が多くなる気がしています。今回のネコはいわゆる誰かが飼っているネコではなく、完全に人から離れて山に暮らしているネコ。私は今、岡山県の北部で山に囲まれた生活を送っています。そのため普通に散歩するだけで、イノシシやキツネ、アナグマ、サル、キジ、ウサギなどの野生の動物にかなりの頻度で遭遇します。野生の動物というのは、警戒心あらわに自分のテリトリーを持ち、絶対に人に触れさせないし、人間を寄せ付けることはありません。そんな、人に懐かない、緊張感を持っている動物に魅力を感じています。


加藤萌「静かに移ろいて」385,000円

ヤマネコの黒い漆の背中に描かれた植物は何ですか。

これは赤い実が美しい山帰来(サンキライ)という植物です。家の周りにもたくさん生えていて、この地域ではその葉を柏餅に使うなど、野山にあるものが身近な生活の中に溶け込んでいます。作品のイメージとしては、山帰来の木陰でジッとこちらを佇んで見ているネコ。展覧会も秋なので、ちょうどいいなと思って出品しました。


加藤萌「静かに移ろいて」(部分)


加藤萌「静かに移ろいて」(部分)

加藤さんの作品といえば、写実的な動物の体と漆の二層構造がとてもインパクトがあり、目を惹きます。このヤマネコの体も写実的な表現の上半身と、黒い漆の艶やかな美しい光沢の下半身の二層で制作されています。

私は、漆の美しいけれどもちょっと怖いような表情が魅力的だと思って、漆で制作をしています。その中でも特に黒い漆が大好きでよく使っています。2011年ころから動物の体の一部に黒い漆を塗るというスタイルの作品はつくっていたのですが、それには明確な理由がなく、ずっと表現の方法を探していました。また、一貫して動物をモチーフに制作していますが、作品全体の根底には「対話」がテーマにあります。実際に動物と対峙した時の緊張感は、もともと対話をテーマとしていた私にとってプラスの効果をもたらしました。例えば夜に動物と出会ってライトを照らすと、目だけはギラっと光るけれども、身体の輪郭は闇に溶けていて、どこまでが身体かわからない。そして相手が私と対峙したあとにどういう動きをして、何を考えているかもわかりません。その輪郭が闇に溶けている感じや対峙したときの緊張感が、美しいけれどもちょっと怖いという漆の表情とリンクしているなと思ったのです。ただ、私は本物と見紛うような作品を作りたいわけではありません。岡山に来てからの実体験や瞬間の印象を漆の作品に取り入れることが出来れば、それが作家として深みの一つになれるのかなと思っています。


加藤さんが運営する漆教室 Ulucie(ウルシエ)で金継ぎを教えている様子

どうして岡山に移住することになったのでしょうか。

岡山に限定して移住を決めたわけではありませんが、これまでとは違った環境で作品を制作してみたいと考えました。それで2014年に、岡山県北に移住。今は「漆で遊ぶ」をコンセプトとした漆製品の制作と販売や、金継ぎなどを教える漆教室 Ulucie(ウルシエ)を運営しています。特に最近は金継ぎがブームということもあり、今では30名近い人が習いに来てくださっています。

関東からの移住は大きな決断だったと思います。

大きな決断でした。西日本に親戚や知り合いなどがいたら気持ち的にも楽だったのかもしれませんが、ほとんど誰も知らない状況での移住でした。移住に不安はありましたが、関東で作家活動はしたいけれども、現実的に続けられるのかという不安も持っていました。なので、思い切って環境をガラッと変えてみようと思って移住しました。


藝大アートプラザでの展示風景

藝大に入ったきっかけを教えてください。

私は父親が銅版画家で、母が声楽家という家庭で育ちました。小さいころから当たり前のように美術と音楽があり、父親の友人の展覧会などにも連れて行ってもらいました。幼少期から美術と音楽に囲まれた生活だったので、それ以外の生き方があまり想像できなかったのです。だから美術を選んだのは自然なことだったのかな、と思います。

工芸を選んだのはどういう理由からですか。

もともとものづくりが好きだったというのが一番大きい理由ですね。それに最初は陶芸をやりたかったので、工芸を選びました。でも実際に大学に入って陶芸をやってみたら、面白いけど、自分はつくる側ではなくて買って集める側になりたいと思ってしまったのです。その頃に、乾漆技法で自由に作品をつくられている先生方に出会い、そこではじめて漆というのは、技法的に古い歴史を持っているけど、平面でも立体を制作することが可能な自由な素材なんだと魅力を感じて、漆芸に進むことになりました。

粘土でつくった原型に、和紙や麻布を貼り固め、その後内部で固まった粘土を除去して中を空洞にし、表面に漆を重ね付けて作品にする乾漆技法で加藤さんは制作されています。加藤さんの作品は重厚で重そうな印象を受けますが、この技法でつくられているということは、実際はとても軽いのでしょうか。

基本的にはかなり軽いですね。実際に持った方はびっくりされます。また現代は石膏で原型の型取りが出来るので、粘土時の表情がより正確に表現出来るようになりました。漆芸品というとやはり木に漆を塗布するというイメージがあるかと思いますが、実は多彩な技法があり、その中で私は乾漆技法を選んで制作しています。顔や毛並みの表情を作るのによく使用している和紙は、この地域に伝わる「神代和紙(こうじろわし)」というもの。友人がこの伝統を後世に残るようにと活動しているのですが、その和紙を私も自分の作品で生かしたいと思い、作品に使っています。

加藤さんの身近なものから作品が生まれているわけですね。

そうですね、地元のものを使いたいという気持ちは強くあります。


ワイナリー併設のアートスペースで作品制作をしている様子


2021年1月〜2月にかけて、新美美術館で開催された、加藤さんと倉敷市在住の美術家・片山康之さんとの二人展『新見美術館・開館30周年記念特別企画「森のしずまる」』の会場風景

動物をモチーフにされていますが、それ以外、例えば人物などをつくる予定はありますか。

特には考えていません。人物というのは意志表示が強く、メッセージが伝わりやすいというのはありますが、私はあえてそれを動物に置き換えて、動物を通してメッセージを伝えたいと思っています。

今後はどのような作品をつくってみたいですか。

私の作品はほとんどが置物ですが、壁面を利用して、何か植物や生き物を絵画と立体が融合したような表現をしたいと思っています。あとはもっといろんな技法や手法を試したいです。やりたいことはいっぱいあって、例えばたくさんの蒔絵や螺鈿を使って動物を装飾してみるとか、いつも同じスタイルだけど、その中で何かしら漆を生かせる形をどんどん模索していきたいですね。


『「夢二生家の秋」特別展示 加藤 萌 漆芸展 -夢二を見ていた猫たち-』
夢二生家記念館・少年山荘 2021年9月14日 (火) – 12月12日 (日)

そして加藤さんは9月14日から夢二生家記念館・少年山荘での特別展示もはじまります。どういったきっかけで開催の運びとなったのでしょうか。

竹久夢二といえば「黒猫」をよくモチーフとして用いていましたが、美術館の方が私の黒猫の作品を見て、ぜひ美術館で黒猫を展示してほしいということでお話をいただきました。展示は、少年山荘という夢二が自ら設計をしたアトリエ兼住居の洋館と、夢二が16歳まで過ごした、築約250年の茅葺き屋根の生家の2会場で行います。夢二が飼っていた猫がそのまま出てくるような、一緒に時を過ごせるような体験を私の作品を通して感じ取っていただきたいです。

●加藤萌プロフィール

1988 埼玉県生まれ
2014 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程工芸専攻漆芸 修了
2012 第7回藝大アートプラザ大賞展大賞
2013 安宅賞受賞
2017 加藤 萌 漆芸展(岡山天満屋美術ギャラリー’20/岡山)
2019 漆New wave in TOKYO漆芸作家7人展(平成記念美術館ギャラリー/東京)
加藤 萌 漆芸展(ギャラリー田中/東京)
2020 国際漆展・石川2020アート部門 銀賞
2021 開館30周年記念特別企画 片山康之×加藤萌「森のしずまる」(新見美術館/岡山)
現在 岡山県の山奥在住

「The Prize Show―藝大アートプラザ大賞受賞者招待展―」
会期:2021年8月28日 (土) – 10月3日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日:8月30日(月)、9月2日(木)、6日(月)、13日(月)、21日(火)、27日(月)
入場無料


取材・文/糸瀬ふみ 撮影/五十嵐美弥(小学館)

※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。

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