「上野」の地名の由来は? 様々な説をひもときながら上野の山をひとめぐり

ライター
山見美穂子
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緑豊かな高台に美術館や博物館、動物園などが立ち並び、多くの人が訪れる場所となっている上野の山。上野といえば鉄道の北の玄関口、またはアメ横の賑わいを思い浮かべる人も多いでしょうが、歴史をさかのぼってみると「上野」という地名の由来はどうやら、この高台にこそあるようです。地名の由来をひもときながら、上野の山をぐるりとひとめぐりしてみましょう。

「上野」の地名由来にはいろいろな説があった!

上野台あるいは親しみを込めて「上野のお山」と人々から呼ばれてきた高台は、上野という地名がつく以前は、忍岡(しのぶがおか)と呼ばれていたそう。上野という地名になったことが確認できる古い史料は、室町時代のものにさかのぼります。

『台東区史』などをひもといてみると、上野と呼ばれるようになった由来は諸説あり、歴史にちなんだものと地形にちなんだものがありました。

【歴史編】上野の地名由来1:小野篁「上野国」赴任説

小野篁(おののたかむら)は平安時代の漢詩人として有名な人物で、学者でもあり、朝廷の要職をつとめる政治家でもありました。小野篁が一時、現在の群馬から一部栃木にまたがる「上野国(こうずけのくに)」に赴任していて、上野国から京都へ帰る途中にしばらく現在の上野の山に滞在したことから、「上野」という呼び名がついたという説があります。

しかし、小野篁が上野国に赴任していたという記録は見つかっておらず、この説には疑問も。
現在の福島・宮城・岩手・青森と秋田の一部にまたがる陸奥国(むつのくに)に赴任をしていた記録は残っているので、その行き帰りに滞在したのかもしれません。

関連スポット:小野照崎神社

小野篁が滞在した上野照崎に創建された神社で、学問・芸術・芸能などのご利益があるといわれています。江戸時代、上野の山に寛永寺が建立されるにあたって、入谷(台東区下谷)に移転しました。

所在地:東京都台東区下谷2丁目13-14

【歴史編】上野の地名由来2:戦国大名藤堂氏と「伊賀上野」説

江戸時代の初め、上野の山には津藩(三重)の大名藤堂氏の武家屋敷がありました。藤堂氏の城があった伊賀上野の小高い山と上野の山の地形が似ていたことから、「上野」と呼ばれるようになったという説があります。

しかし、室町時代にはすでに上野と呼ばれていたことを考えると、この藤堂氏関連説はちょっと年代が合いません。
なお、藤堂氏の武家屋敷は1625(寛永2)年に寛永寺が創建されるにあたり、神田和泉(いずみ)町に移転。和泉町という地名の由来は、藤堂氏が代々和泉守という役職にあったことからついたといわれています。

関連スポット:寛永寺

江戸城の鬼門(北東)を守るために創建されたといわれる上野寛永寺は、徳川家歴代将軍の菩提寺でもあります。
所在地:東京都台東区上野桜木1-14-11

【地形編】上野の地名由来1:下谷の上にあるから「上野」説

上野台の北東に「下谷(したや)」という地名があります。「恐れ入谷の鬼子母神、びっくり下谷の広徳寺」というかけ言葉を聞いたことがある方もいるのでは。
この下谷の上にある高台だから、「上野」という地名になったという説があります。

こんなふうに対比するようにつけられる地名というのは、実は少なくありません。下谷の地名由来のほうをのぞいてみても、上野に対して下谷と呼ぶ、あるいは本郷・湯島・上野の高台の下に位置するから下谷と呼ぶという説でした。
下谷の代名詞だった広徳寺は残念ながら関東大震災で焼失してしまいましたが、入谷の鬼子母神のほうは現在でも朝顔市などで有名です。

関連スポット:入谷鬼子母神(真源寺)

雑司ヶ谷の鬼子母神とならび有名な入谷の鬼子母神。鬼子母神は安産・子育ての神様として古くから信仰されています。

所在地:東京都台東区下谷1丁目12-16

【地形編】上野の地名由来2:高台の野原だったから「上野」説

現在の賑わいからは想像ができませんが、徳川家康が幕府を開いて町を造営する前の江戸は田舎で、人の背丈ほどの草が生い茂る荒野だったといわれています。

高台に野原が広がっていたから「上野」と呼ばれたのだろうという説は、とてもシンプル。でも、「上野のお山」という呼び方からもわかるように高台であることが上野の大きな特徴で、実は説得力がある説です。

関連スポット:西郷隆盛像

「上野のお山の西郷さん」と親しまれてきた西郷隆盛像。西郷隆盛は幕末の薩摩(さつま)藩士で、勝海舟との会談によって江戸城を無血開城させた明治維新の立役者です。

所在地:東京都台東区上野公園

西郷隆盛像

上野の昔「忍岡」をしのぶ場所は?

上野という地名になる前は、忍岡(しのぶがおか)と呼ばれていた上野の高台。
上野公園には今も、この古い地名をしのばせる場所があります。それが高台から下って南側に広がっている「不忍池(しのばずのいけ)」。忍岡と不忍池、ここにも情緒豊かな名前の対比が隠れていました。

関連スポット:不忍池

蓮の名所としても有名な不忍池。はるか昔、本郷台地と上野台地の間に入江(海)があった名残の池といわれています。

所在地:東京都台東区上野公園

地名をひもときながら上野の山を北側からめぐってみました。山といっても坂や階段はそんなにきつくありません。実際に歩いてみるとしたら、不忍池や西郷さんのいる南側から寛永寺の方向へ進んでいくのもおすすめです。

アイキャッチ:『清親畫帖』 著者:小林清親 (国立国会図書館デジタルコレクションより)

参考書籍:
台東区史 通史編Ⅱ上巻(東京都台東区)
下谷・浅草町名由来考(東京都台東区)
地図で読みとく 江戸・東京の「地形と経済」のしくみ(日本実業出版社)
不忍池ものがたり(岩波書店)
東京史跡ガイド6 台東区史跡散歩(学生社)
日本国語大辞典(小学館)
日本大百科全書(小学館)

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