どうして絵には額縁をつけるの?額縁の歴史を知れば絵画は10倍おもしろい!

ライター
木村悦子
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最近、どこかで絵画を鑑賞しましたか? ではその絵画の額縁、どんな感じだったか思い出せますか?

きっとほとんどの人が覚えていないのではないでしょうか。「額縁」は、かなりのアートファンでも注目することがあまりないかもしれませんが、額縁のない絵が美術館に飾られていたら少し違和感がありますよね。

そう! 「額縁」はあまり重要視されにくい存在でありながら、非常に重要な意味を持っているのです。

ここではそんな額縁の意味や歴史について、あらためて考えてみました。

額縁の歴史は古代ローマや古代ギリシアまでさかのぼる

額縁は、絵の美しさを引き立てるものです。それだけではなく、絵の意味やテーマを強調したり、絵の雰囲気を作り出したりすることもできます。調べると、絵画の歴史や文化にも深く関わっており、また、額縁の素材や装飾などから絵画の時代や流派、ジャンルやテーマなどを推測することができるようです。

調べてみると、額縁の起源については、

「古代ローマにさかのぼるという説がある」

(小笠原尚司著『額縁からみる絵画』八坂書房)

という記述や

「今日 「額縁」と呼ぶものの原型は、おそらく古代ギリシア、あるいは中世初頭にはすでに存在していたと思われる」

(クラウス・グリム著『額縁の歴史』青幻舎)

という説を見つけることができました。

古代ローマは紀元前6世紀頃~、古代ギリシアは紀元前8世紀頃~、中世初頭は5世紀~10世紀のこと。額縁の起源については複数の説があるものの、額縁という概念は非常に古くからあることがわかります。

東京藝術大学の元教授で壁画の専門家である工藤晴也教授によれば、古代ギリシャ人たちやローマ人たちが建物の床に描いたモザイク壁画には、床と壁の間に縁取りがあり、

絵画の額縁はこのモザイク画の縁どりに起源を見ることができます。

すべての絵画の出発点は壁画にあった!?工藤晴也教授に訊く壁画の魅力【シリーズ 取手なる人々】より

という見方もあるようです。

ラヴェンナにあるガッラ・プラチディア廟の内壁の一部(工藤晴也教授提供/画像は「すべての絵画の出発点は壁画にあった!?工藤晴也教授に訊く壁画の魅力【シリーズ 取手なる人々】」より)

「はじめに額縁ありき」!?

古代の額縁は木枠に彫りなどの装飾を施した程度のシンプルなものであったようですが、絵画の発展とともに装飾的となったと考えられます。

中世になると、絵画の主題はキリスト教が主流となりました。教会や洗礼室、カタコンベ(キリスト教徒の地の墓所)といった宗教建築の内部に描かれた壁画などには、額装の原型となる枠囲み・縁取りをみることができます。

その後ルネサンス期以降(14世紀~)になると、額縁はさらに発展していきました。

ルネサンス期を代表する画家といえば、なんといってもレオナルド・ダ・ヴィンチ。彼がサン・フランチェスコ・グランデ教会礼拝堂の祭壇画のために描いた、『岩窟の聖母』という作品があります。

真贋や制作の経緯について謎の多い一作ですが、この作品については「木彫師ジャーコモ・デル・マイーノへの枠囲みを作らせ、枠内に収まるようレオナルド・ダ・ヴィンチへ制作依頼がなされた」という記録が残されています。「はじめに額縁ありき」という事情で絵画が描かれることもあったようです。

富裕な市民が自邸で絵画や額縁を楽しむ

ここまでは主に壁に描かれる絵のお話でした。しかしルネサンス期は、現代のものと近い「移動できる額縁」が成立したといわれる時代でもあります。

額装の原型は壁面と一体化して描かれたもので、移動することはできませんでした。しかしルネサンス期になると、絵画は独立した作品として描かれはじめ、公共の空間だけでなく、室内の装飾品としても用いられるようになりました。

すると、富裕な貴族や商人たちは自邸に絵画を飾るようになります。権力や富、教養を示すため芸術家に絵画制作を依頼したのです。

アドリアーン・デ・レリー作『The Art Gallery of Jan Gildemeester Jansz』(1794-1795)(アムステルダム美術館デジタルコレクションより)

それに伴って、額縁も壁から飛び出し、盛んに作られるようになりました。額縁にも時代や地域によってさまざまな流行があり、イタリアでは金箔張りで内側に細い彩色がされた枠縁付きのもの、フランドル地方では内枠に金縁を施しただけの黒檀 (こくたん) の額縁が流行したこともあります。

さて、ところで日本では? 日本画と額縁の関係について記された資料を見つけることができなかったのですが、近代以前の日本では絵は掛け軸や屏風、ふすまなどに描かれてきました。
これらがそもそも額縁の役割を果たしていたと考えられるかもしれません。

ふすまや屏風という建具そのものが、額縁の役割を果たしていたのかもしれない(画像は俵屋宗達作『秋草図屏風』重要文化財 ColBase[https://colbase.nich.go.jp/]より)

絵画はそのままでも額縁は付け替えられる

移動できる額縁は、付け替えられるという特徴があります。絵画は、所有者や展示場所が変わるたびに額縁が変更されることが少なくありません。

例えば、前述のレオナルド・ダ・ヴィンチ。この伝説的な天才画家の絵画でも、作品の額縁について記録が残っているのは先程の『岩窟の聖母』だけです。その他の作品は完成当初、どのような額縁が使われていたのか知ることはできませんが、絵画を見ながら「どのような額装がなされていたか」を想像するのも楽しみの一つかもしれません。

その後、時代の流れに従って、額縁の世界も多様化していきました。額縁デザインも含めて自分で行う画家が出てきたり(有名なのは19世紀末前後に活躍したグスタフ・クリムト)、「新しい絵に古い額縁を付ける」という発想が生まれたりと、額縁の世界は豊かな発展を遂げ、今に至ります。

単なる脇役ではなく作品への敬意を表すのが額縁

額縁の成立経緯をたどると、額縁は絵画の歴史や文化と密接な関係にある存在であることがわかります。

次に絵画を見る機会があったら、額縁にも目を向けてみるのはいかがでしょうか。「絵が単体で飾られているよりも、額装された絵ははるかに魅力的に見え、より完成度が高く感じられる」と思える作品があるはずです。

絵画の美しさや価値を高めること、つまり「作品に対する敬意や愛着を示す」ということこそ、額縁の最も大切な役割なのかもしれません。

額縁とは単なる脇役ではないのですね。

参考文献:小笠原尚司著『額縁からみる絵画』八坂書房
クラウス・グリム著『額縁の歴史』青幻舎
ニコラス・ペニー著『額縁と名画』八坂書房

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