2020年にはじまって以来、藝大アートプラザでは企画展後半の風物詩となっている「アートのかけら」特集展示。全作品が一律1.1万円で販売され、アート作品を「買う」という体験への最初のステップとしてもオススメの特集展示です。
各作家の思考やトライ&エラーの痕跡、そして本作品だけでは見えてこないような各作家の「意外な一面」を感じられる展示に仕上がっています。早速「アートのかけら」特集展示が始まった初日に見てきましたので、レポートしてみたいと思います。
「アートのかけら」特集展示とは
「アートのかけら」とは、2020年以降、長引くコロナ禍の中で思うように活動ができなかったり、対外的な発表機会が減少したりと、何かと若手アーティストにとっては厳しい状況が続いていますが、そんな彼らを金銭的・精神的に支援する、という意味も込めて、2020年秋以降スタートした企画です。
通常、アーティストはひとつの完成作品を作り上げる過程で、様々な試行錯誤を繰り返します。下絵や習作をいくつもつくったり、コンセプトを練り上げるためにリサーチやメモを残したりと、そのアウトプットは各作家ごとにバラエティに富んでいます。
ですが、これらは「作品」として発表されることが少なく、めったに陽の目を見ることはありません。本作品が仕上がり発表されると役割を終え、人目に触れずアーティストの手元で保管され続けるケースが多いようです。
しかし、こうした習作群や下絵などにも、作家の個性はしっかりと反映されているもの。 アニメやマンガで「原画」や「ネーム」などがコレクターの間で高額取引されるように、アーティストが生み出した中間生成物にも、それぞれ素晴らしい価値が秘められているはずなんです。
「アートのかけら」では、各作家から出品を募って「~1.1万円アートマーケット~」と銘打ってこうしたドローイングや派生作品などを販売。本作品ではないゆえに、非常にリーズナブルな価格で販売されていますが、彼らがビッグアーティストになったとき、それらはとても貴重なコレクションになるはずです。
ちょうど、1月26日から「第16回藝大アートプラザ大賞展」が展示後半を迎えたことをきっかけに、展示室の窓際一面が全て「アートのかけら」コーナーへと模様替えされました。
非常に充実した陣容となりましたが、果たしてどんな作品が飾られていたのでしょうか。 タイプ別に分けてお伝えしていきます。
タイプ1:本作品に対する「下絵」「アイデア」
まず目についたのは、「藝大アートプラザ大賞」入選作品に対する下絵や資料群が「かけら」として出品されているケース。
今回、このパターンにあてはまるのが「V-various-」で「審査員特別賞」を受賞された渡邉 泰成さんが、本作構想段階で下絵として描いた「drawing」。受賞作品はポップな色彩感覚とリアルな造形が高評価を受けましたが、制作の裏側では、綿密な下絵やアイデアスケッチが残されていたのですね。
渡邉 泰成「drawing」11000円
下絵と見比べてみると、本作品ではバナナの本数が増え、展示用の支持棒がなくなっています。やはり下絵と実際の作品ではディテールも変わってくるものですね。
渡邉 泰成「V-various-」198,000円(※第16回藝大アートプラザ大賞 審査員特別賞受賞作品)
続いては、オオカミをはじめとする動物画を追求している横橋成子さんのアートのかけら。やはりオオカミのドローイング作品でした。こちらも、藝大アートプラザ大賞での出品作と非常に雰囲気が似ています。
横橋成子さんのドローイング作品。(各11,000円)
/大好きなオオカミへの愛情が伝わってくるような作品。ファンにはたまらない逸品かもしれません。
横橋成子「宙をかける」21,890円(※第16回藝大アートプラザ大賞展入選作品)
このように、下絵群と本作品をセットで見ることで、それぞれのアーティストがどのように作品制作を進めていくのか、準備段階や思考のプロセスを追っていけます。より深い鑑賞体験が得られるので、ぜひ展示室内を巡って、「アートのかけら」と入選作品を何度も見比べてみてくださいね。
タイプ2:本作品に対する「派生作品」
続いては、入選作品と作品コンセプトやイメージが共通する、いわゆる「派生作品」としての「アートのかけら」をご紹介します。
たとえば、本展でアートプラザ賞を獲得した真田将太朗さんは、今回いくつかのドローイング作品を出品しています。
真田 将太朗さんの習作群。(各11,000円)アートプラザ賞を受賞した「collection of me」と雰囲気が非常によく似ています。
藝大アートプラザ大賞展では、「アートをコレクションする」という行為の本質はどこにあるのか?ということを突き詰め、作品のメインテーマとしたコンセプチュアルな作品「collection of me」が、見事「アートプラザ賞」を受賞。道具箱のような額装で、ペインティングナイフと抽象画を対にした作品は非常に目を引きました。
真田 将太朗「collection of me」110,000円(※第16回藝大アートプラザ大賞 アートプラザ賞受賞作品)
「アートのかけら」では、アートプラザ賞受賞作「collection of me」をシンプルに削ぎ落としたようなドローイングが登場。画面内で色彩が激しくぶつかり合い、ギラギラしたオーラを放つ各作品は、真田さんの心の内に秘めたエネルギーを表現しているようでした。ちょっと元気がないような時に眺めたら、燃えるようなエネルギーをチャージしてもらえそうです。
大園恵美「七宝流れ星ブローチ」シリーズ 各11,000円
また、大園恵美さんのこのブローチも、アートプラザ大賞入選作の一部分を切り出したもの。入選作「星の花束」は七宝でつくった絵画的なオブジェでしたが、その中から流れ星の部分だけをアクセサリーとして独立させて販売するという試みです。 実は藝大アートプラザ大賞展で最初に展示を見ていたとき、「この流星の部分だけ切り取っても美しいな」と思っていたところでした。
大園恵美「星の花束」78,100円(※第16回藝大アートプラザ大賞入選作品)
タイプ3:作家の日常で作り出される「習作」「実験作品」
そういえば、本展に先立って昨年末に開催された審査会で、芸術学科教授の木津文哉先生が「ともかく毎日手を動かして線を引くことが大事」と力説されていました。
実際、藝大生の中にも、木津先生が推奨するように1日1枚必ずルーティーンとして絵を描き、毎日SNSでアウトプットしている意欲の高い人は数多くいます。まずは手を動かして数多くつくる、というのは一種の才能なのかもしれません。美術史を紐解くと、多作な作家は名を残しやすい傾向にあります。
そうした観点から本展を俯瞰してみると「第16回藝大アートプラザ大賞」では、たかすぎるな。さんの出品数の多さが非常に印象的でした。壁掛けのオブジェとアクセサリーで10数点を入選作として送り込み、さらに「アートのかけら」でも魅力的なドローイング作品を多数発表されました。
たかすぎるな。さんの非常にユニークなドローイング作品
どれも、今まで見たこともない個性的なかたちが描かれており、まさに「たかすぎるな。ワールド」といった様相です。これらの独特なイメージは、毎日床についてまどろんだ時の眠りに落ちる直前の夢や記憶を元に、「自動筆記」で描かれているそうです。
日野月葵さんの作品群(各11,000円)
続いては、日野月葵(ひのあかり)さんの版画作品。
一筆一筆、描くたびにリアルタイムで作品が完成していく油絵とは違い、まずは摺ってみないことには、作品の出来栄えの良し悪しがわからないのが版画の世界。
ゆえに、木版、銅版、石版とジャンルを問わず、版画作家は、山のような習作や実験作を作りながら、微調整、試行錯誤を経て完成作品をつかみ取るわけです。つまり、版画作家は常日頃から大量に「かけら」を生み出している、ということもいえますね。
エディションを見てみると、1/1とか2/2とされるなど、習作であるがゆえに、1点ものの貴重な作品となっていました。
タイプ4:生活の中で楽しむ「工芸」や「アクセサリー」
やきものやガラス工芸、漆、彫金、鍛金といった工芸分野を得意とする作家は、いわゆる卒業制作や修了制作でつくる、アート色の強い作品を志向する一方で、日常生活で気軽に使える生活工芸やアクセサリー類を手掛ける人も数多くいます。
森聖華「ダラダラ自然釉フグ貯金箱」110,000円(※第16回藝大アートプラザ大賞 準大賞受賞作品)
たとえば、本展では「フグ自然釉ダラダラ貯金箱」が準大賞を受賞した森聖華さん。日常生活の中で気軽に使えるようなマグカップなども、つくるのが大好きだといいます。
森聖華「金彩ヨーヨーマグカップ(2点セット)」11,000円
今回も、2つ11,000円と非常にリーズナブルな価格で、森さんのオリジナルマグカップ「ヨーヨーマグ」が登場。縁日のヨーヨーがそのままマグカップに形を変えたような造形が、生活をちょっと楽しく彩ってくれそうです。発売後すぐにSNS等クチコミで火がつき、大人気となっているヨーヨーマグ、先着2名様です!
野村俊介さんの作品群
続いては、野村俊介さんの作品をご紹介。野村さんは、今回の「藝大アートプラザ大賞」でまさに台風の目のような存在。明治の巨匠・宮川香山を彷彿とさせる細密表現で来場者をあっと言わせました。
野村俊介さんの作品群
そんな野村さんは今回の「アートのかけら」でも抜群の存在感。非常に多種多様な作品で楽しませてくれています。
野村俊介さんが「アートのかけら」に出品された作品群(各11,000円)
みてください、この圧倒的な物量とバラエティに富んだ種類を!洋食器、急須に酒器、楽茶碗風まで、あらゆる素材、釉薬、技法で制作されています。「アートのかけら」というにはどの作品もしっかりしています。野村さんはまだ若干2年生。技術習得に対する強い制作意欲と確かな技術レベルに、一体将来どんな大作家へと飛躍していかれるのだろう…。と楽しみになりました。
タイプ5:フリーマーケット的な遊び心のある作品群
加藤健一「いつものドローイング」(10点セット)※オブジェ、ドローイング、缶バッジの中から10点好きな組み合わせで選んで購入
いわば、アートのフリーマーケット的な性格も持っている今回の「アートのかけら」特集展示。中には、作家独自の遊び心たっぷりのカジュアルな作品もあります。
たとえば、この加藤健一さんの加藤健一さんの「いつものドローイング」(10点セット)。ハコの中には、ミニ土偶のような素焼きのやきものや、缶バッジ、単語帳をバラして描かれたドローイングなど、ゆるりとした雰囲気の「アートのかけら」が入れられています。今回は、この中から気に入った10点を自由に選んで購入可能。まさにフリーマーケット的なアプローチですよね。
実際、加藤さんはこうした小さな「かけら」を毎年藝大の学園祭「藝祭」開催時期に上野公園で行われる「藝祭アートマーケット」で販売していたのこと。まさにお祭り気分で買える「アートのかけら」でした。
入選作品と見比べることで見えてくる、作家の意外な一面
ここまで、出品作品を5つのタイプ別に紹介してきましたが、最後に「アートのかけら」展示ならではの「見比べる楽しみ」をご紹介したいと思います。
見比べる大賞は、藝大アートプラザ大賞入選作品と、アートのかけら出品作品。なかでも見比べて面白いのが、一見、両者で毛色が全く違うように見える作品を出品している作家の作品です。
鈴木真緒「code」49,500円(※第16回藝大アートプラザ大賞入選作品)
たとえば、鈴木真緒さんの作品。
藝大アートプラザ大賞では、まるで野球のベースのような、「モノ」としての量感をズッシリと感じる抽象度の高いフレスコ画「code」を出品されていましたが、今回の「アートのかけら」では、フレスコ画ではなく油絵の風景画が出品されました。
鈴木真緒「道の横の石」(左)、「5月の入り江」(右)各11,000円
一見すると、こちらの油絵2点と前者のフレスコ画には共通点が見えづらいのですが、油絵にもっと近づいてみてみましょう。
鈴木真緒「道の横の石」部分拡大
すると、どうでしょうか・・・?!
カンヴァス上での絵の具の盛り上がりや、絵の具の「物質」としての重さを感じさせるようなストロークのパターンは、入選作「code」で見られる表面のテクスチャ―と非常によく似ていますよね。
このように、素材や技法が違っていても、アーティストの個性というのはきちんと表現され得るものなのですね。
こちらの、キム・ドヨンさんのガラス細工も、キムさんの作家性が反映された作品。アートプラザ大賞では半透明なガラスのジェンガ作品「with」が入選しましたが、「アートのかけら」では、気泡入りの透明なガラス作品となりました。
キム・ドヨン「unidentified guys」11,000円
タイトルが示すように、それぞれのガラスの中には着色された針金で作られた人のかたちが封入されています。そこで、もう一度、入選作品「with」を見てみましょう。
キム・ドヨン「with?」(※第16回藝大アートプラザ大賞入選作品)
そう、ジェンガの横にそっと一人の少女が佇んでいるのですね。顔の表情は見えず、光に照らされた影が少しノスタルジックな哀愁を誘います。「ジェンガが好きだった昔を懐かしんでつくった」とコメントにもあった通り、ジェンガを見つめる女性は、子供時代のキムさんご本人なのかもしれません。
こうして見てみると、キムさんの作品の中には「人間」の存在が欠かせないのだな・・・と気付かされます。
誰もが笑顔になれる好企画「アートのかけら」おすすめです
藝大生(=アーティスト)にとっては、より広く自分自身の作品や作家性を知ってもらえるチャンスですし、買いやすい価格ゆえ作品を買ってもらえることで自信がつくことでしょう。
一方、我々アートファンや、アートコレクターにとっても、こうした企画は嬉しいもの。ファンならエスキースや習作であっても手に入れたいと思いますし、まして非常にリーズナブルな価格で購入できるのなら、絶好のチャンスでもありますよね。
1月26日から後半戦がスタートした「第16回藝大アートプラザ大賞展」の目玉企画「アートのかけら」、今回は窓際の棚が全て埋まってしまうくらいの充実ぶりとなっています。ぜひ、あなただけの掘り出し物をみつけてみてくださいね。
第16回藝大アートプラザ大賞展
会期:2022年1月8日 (土)~2月13日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日:1月11日(火)、17日(月)、24日(月)、25日(火)、2月7日(月)
入場無料、写真撮影OK
取材・文/齋藤久嗣 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。