自身の東京での日々の暮らしや、仕事の合間の移動、取材旅行の中で偶然出会った、目の前にあるありふれた光景を撮影し、それを編集ソフトで形をずらしたり、重ねたりという操作をほどこし平面作品を制作する縣健司さん。その作品は見なれた景色をどこか異界のような、非日常の世界へと作り替え、鑑賞する側を誘うようです。では絵画科油画専攻を卒業後、版画を修了された縣さんはどうして、写真で平面作品を制作することになったのでしょうか。そしてその手法とは。
■今回いろいろなサイズの作品を9点出品されていますが、どのようなテーマで作品を選ばれたのでしょうか。
何か大きなテーマやストーリーを設定して、それを鑑賞する側に提示するという意識を持って制作することはほとんどありません。もちろん僕の中にストーリーがあったりしますが、それはあくまでも僕自身のストーリーなので、それを全面的に押し出して共有したいという思いはないですね。今回も展示に法則性を持たせて選んだということは実はなく、僕の中で同じライン上にあるな、と思う作品を集めて出品しました。
■同じラインというのは何かルールなどがあるのでしょうか? 制作する段階で何かルールはありますか。
特に明確なルールや構図がきっちりあるわけでも、最初から何か決めて制作することもないんです。同じラインだなと感じるのも、僕の中でのライン。そういったこともほとんどつくったあと、もしくはつくっている最中にこのラインの作品だったな、とわかることが多いですね。ただ、モチーフ自体のサイズ感、下からのアングル、上からのアングルといった形でライン化しているところはあるかもしれません。
縣健司「Landscape -熱海の白い家-」29,700円
縣健司「Landscape -big leaf-」55,000円
■縣さんの作品は写真作品ですが、ただの写真ではなく、写真が歪んでいたり、重なり合っていたりと編集が施されていますが、どのような素材や手法で制作されているのでしょうか。
使っている素材は、自分が撮影した写真を使用するというのを基本的なルールとしてやっています。その写真をIllustratorでパス化して動かしたり消したり広げたりしながら構図を決めていきます。
■また縣さんの作品はほとんどが風景や建物で、人の存在が見えません。これは意図的に人の気配を排除しているのでしょうか。
写り込んでいる時もありますが、いてもいなくてもいいと思っています。これまでに人物をモチーフにしたことはありますが、人をモチーフにしてしまうと、より写真的になり、より意味が出てきてしまうと思っているので、メインモチーフにすることは今はないですね。僕の中では作品の棲み分けはなんとなくありますが、鑑賞側に自由に感じ取ってほしいという気持ちがあります。そういう意味もあって、プリントやアクリルというフラットな素材を選んでいます。使用している写真はあくまでも自分の日常でしかないのですが、モチーフによっては見覚えがあるなって思ったり、ほかの人の日常にもなりうるような、でも現実と非現実との境が曖昧になるようなものができたらいいなと思って制作しています。
■写真以外にもアクリル絵具が使われているように見える作品もありますが、素材は写真だけなのですね。
それも写真の一部を加工しています。結果的に絵具の筆跡に見えるようにしているところもありますね。
縣健司「Landscape -Tatsumaizaki-」33,000円
縣健司「Landscape -Blue Park-」34,100円
■写真の中に絵具のようなイメージが入ることで、とても絵画的に見えます。そこに絵画科油画専攻ご出身の片鱗が見えました。
使っている素材は写真のみですが、僕の中では絵画を描いているイメージで制作しているので、写真であり絵画でもあると思っています。絵画はキャンバスの中に立体や空間を落とし込んでいますが、Illustratorのベクターデータ(画像を点と線と面の3つの要素で表現したもの)も現実世界の空間を落とし込んでいるし、それを広げたり縮めたりするマウスの動きっていうのは、筆の動きに通じるところもあるのではないか、と思っています。
縣健司「Landscape -curtain wall-」99,000円
■作品の大きさもさまざまですが、最初から大きさを決めて制作されるのでしょうか。
展示空間に合わせてなんとなくの大きさが決まっていることもありますが、最終的に出力してみてから決まることが多いですね。ただ可変ができるというのも、写真作品の面白さだとは思っています。展示する場所ごとに変えたりできれば面白いなと思うこともあるのですが、なかなか難しいですね。
■縣さんはもともと絵画科油画専攻卒業後に、版画を修了されていらっしゃいます。油画でもなく版画でもないこの制作手法で制作をするというのはどういったきっかけがあったのでしょうか。
2016年、修了制作の時にはじめて今と同じ技法の作品を発表しました。映像の中で画像が歪んだらクールでかっこいいと思って制作していたのですが、なかなかうまくできませんでした。そこでIllustratorでパス化してそれを動かしたらできるのでは、しかもそれを写真でやっても意外と面白いのではないかと思ってはじめたのがきっかけですね。でも僕の中では静止画として出力して展示では出したけれども、実は映像の一場面の切り取りにしすぎないんじゃないかなっていう思いがあります。
縣健司「Landscape -playground-」44,000円
■平面作品で、静止画だけれども、そこには時間があって、その時間を切り取っているということなんですね。
そうですね。写真も時間の流れのごく一部を切り取ったもので、静止画ではあるけど、時間が止まっているわけではありません。それに絵画も絵画に時間がありますよね。作品ってもちろん一日で完成することもあるけど、下手したら何年も同じ絵に手を加えていることもあります。その制作の経過の中のスクリーンショットみたいな印象もあります。出来上がったかなと思ってもまた手を加えたり、作品にならないと思って途中で制作をやめた作品をまた引っ張り出して手を加えたりしているので、そういうところが絵画的なのかもしれません。
■藝大を、しかも油画を目指すきっかけはなんだったのでしょうか。
幼少期から絵を習っていて、幼稚園や小学校時代は画家やイラストレーター、挿絵画家になりたいと思っていました。中学校ぐらいには、絵を描いていることが自然だったので、じゃあ藝大に行きたいなと、具体的に意識しはじめたのを覚えています。それに油画は自由にいろんなことができる環境があると思ったので、油画を専攻しました。
■写真との出会いはいつ頃だったのでしょうか。
高校時代から友だちのバンドを撮影したりしていたのですが、大学に入ってから一眼レフで本格的に、自分の作品としての写真や、仕事につながるような写真を撮りはじめるようになりました。それからは常にカメラは持ち歩いていますね。撮影することは僕にとっては息をしたり歩いたりするのと一緒で、撮らなければという意識はあまりなく、自然に自分で意識することなく撮影していることもあります。それに常に撮り続けていないと自分が止まってしまう感覚に陥ってしまったりすることもあります。
縣健司「Landscape -House of Ovacik-」29,700円
■制作に使用されているのは基本的には一眼レフで撮影されたものですか。
スマホで撮影することもありますが、その写真が作品に使用されることはないですね。どれだけスマホの性能が上がったといっても、解像度がまったく違うんです。僕の作品は写真そのままのリアルな高解像の画像の層と、エフェクトが少しかかったアニメのセル画のような画像の二層構造になっているので、その差を明確に出すにはやはりスマホではダメだなと思いますね。
■お話をうかがっていると、「技法」や「手法」といったことにとても重きを置かれている印象を受けました。
そうかもしれません。僕は「技術」に興味があって、それを習いたいと思って藝大に入ったところがあります。そして藝大では絵画だけじゃなくて写真やそのほかの技術を習得したかったんです。それもあって大学院は版画に進んだというところもあります。油画ではない、新しい技術を学びたかったんです。
■現在、デザイン科の講師を務められています。油画から版画、そしてデザイン。どういったきっかけでデザイン科の講師になられたのでしょうか。
今年で3年目になるのですが、友人がもともと働いていて、その友人が辞めることになり、そのまま僕が推薦されて入りました。僕の専門領域は写真や映像なのですが、デジタル印刷やシルクスクリーンなども教えています。これまでやってきたことの守備範囲が広かったので、話をお受けしました。
2020年に開催された個展「-SCAPES」の展示風景
Photo by Kenji Agata
■コロナ禍で簡単に外に出られない時期もありましたが、写真撮影に影響はありましたか。
もちろん撮影する機会は減りましたが、自分の制作に関してはほとんど大きな変化や困難といったものはなかった気がします。ただ、昨年今年と個展を開催したのですが、レセプションがなくなったり、来場予約制になったりと、個展が自分的には充実しなかったという印象があります。特に昨年の作品は人の目に触れる機会が少なかったので、今回アートプラザでその時の作品を出して、多くの方に見てもらえればと思っています。あとはオンラインでの舞台や音楽ライブの配信の仕事などは増えましたね。それに時間がいつもよりできたということはありましたね。だから時間に追われてできなかった引越しをしました(笑)
■今後の展望や、やってみたいことはありますか。
ほかのデジタルで写真を加工して絵画的な行為を施している作家さんや、自分と表面的に似ている作家さんと作品を比較したり、ディスカッションや企画展などをしてみたいと思っています。あと、額装の段階で作品を四角に切り出してしまっているのですが、編集作業中は絵の外側が存在しているので、その不完全さも含めて作品にしてみたいという思いはありますね。ただ、アクリルを切るのが大変。そこにもチャレンジして、新しい作品の形を模索していきたいと思います。
●縣健司プロフィール
1991 | 年 | 神奈川県生まれ |
2016 | 年 | 東京藝術大学大学院美術研究科修士課程絵画専攻 修了 |
現在 | 同大学美術学部デザイン科 非常勤講師 | |
2012 | 年 | 個展「BLASPOLOSION」(TENGAI GALLERY/中目黒) |
2016 | 年 | 第64回東京藝術大学卒業・修了作品展(東京都美術館・東京藝術大学) |
2019 | 年 | SENJU LAB 2015-2019「美術と音楽をアートする」(東京藝術大学奏楽堂) |
2019 | 年 | 上三原田の歌舞伎舞台創建200年祭(上三原田の歌舞伎舞台/群馬県) |
2020 | 年 | 個展「-SCAPES」(TAKU SOMETANI GALLERY/浅草橋) |
2021 | 年 | 個展「SCAPES+」(TAKU SOMETANI GALLERY/浅草橋) |
「The Prize Show―藝大アートプラザ大賞受賞者招待展―」
会期:2021年8月28日 (土) – 10月3日 (日)
営業時間:11:00 – 18:00
休業日:8月30日(月)、9月2日(木)、6日(月)、13日(月)、21日(火)、27日(月)
入場無料
取材・文/糸瀬ふみ 撮影/五十嵐美弥(小学館)
※掲載した作品は、実店舗における販売となりますので、売り切れの際はご容赦ください。