COLUMN & INTERVIEW コラム&インタビュー

「The Prize Show―藝大アートプラザ大賞受賞者招待展―」 出品作家インタビュー 福島沙由美さん(修士課程絵画専攻油画修了)

2021/09/15 インタビュー

水を通して、夜の光の中を泳いでいくかのような美しい風景を描き出す福島沙由美さん。さまざまな角度から見て描かれた風景は、記憶の曖昧さと視点をテーマに制作されています。記憶というのは自分の中で変化し、流動していくものですが、ただ目の前にある風景ではない「記憶の形」の中に存在する風景を、福島さんはどのように描き出しているのでしょうか。そして福島さんはどのように風景を見ているのかについてお話をうかがいました。

今回、油彩作品を出品されていますが、どのように作品を選ばれたのでしょうか。

水の中の光景と夜の光だけを抽出したシリーズから、20×20cmの油彩5点を出品しました。学部時代に自分で制作した歪んだガラスの球体の中を水で満たし、そのガラスの中の水を通して見えた風景を描いて、2008年に上野の森美術館大賞展、トーキョーワンダーウォール公募で大賞を受賞しました。その事が起点となり、さまざまな位置や角度から見えた虚像の風景のシリーズを描き続けています。また今回は同時開催されている『アートのかけら』に10.5×14.8cmの水彩を4点出品しています。水彩は、頭の中で思いついたことをエスキースなしで一気に描き出し、脳の中の情報を視覚化したもの。水彩は私の中で作品でもあり、作品制作過程の一部でもあるのですが、その中から次の作品のテーマを探ったり、アイデアを出しながら制作をしています。


展示風景


福島沙由美「微光旋律」45,100円

作品にはどのようなストーリーが込められているのでしょうか?

私は今、ドイツ東西分裂や冷戦時代の歴史が残るベルリンに住んでいます。私が現在住んでいる家も、冷戦時代にとある施設として使用されていた跡地にあります。ベルリンは古い過去の記憶を残しつつ、現代では自由で活気に満ちた都市へと変化してきています。そのような新旧の対比が色濃い街で生活し、見ている風景を水の中に沈め、あるいは光だけを抽出して制作したのが、このシリーズです。昨年の冬、ヨーロッパ中のクリスマスマーケットは中止となり、レストラン、カフェやバーは営業することができませんでした。そのため人の気配もなくなり、街中の灯りは微々たるもので、街そのものが休眠しているようでした。すべてが静まり止まってしまったような感覚がある中で、私はそこにあるはずだった街の灯りを思い起こしイメージだけで描きました。日常の痕跡を探るように。


福島沙由美「水中思考」45,100円


福島沙由美「水中空間」45,100円

見ている風景を水の中に沈めるというのはどういうことでしょうか。

水を通して見た世界というのは歪み、形の定まらないものへと揺らいでいきます。そこに物体はあるのに水面越しに見える形は流動的に変化していく。記憶の中の忘却も同じで、ある出来事は思い出せるのに部分部分が消滅しその記憶は徐々に変わっていく。水の中は意識の深層であり無意識でもあります。水面を通して見る虚像や光の反射を描くことによって、「記憶の形」をキャンバス上に表現しています。

ガラスの中の水を通して描くなど、独特な手法を取られていますが、そのほかにはどのような技法を使っているのでしょうか。

私自身の癖というか、毎回描き出し方を変えて制作しています。ある時は単色で描き始めて徐々に色調を増やしたり、ある時は原色を散りばめて描き始めたり、下地制作をしたり、しなかったり。その時のモチーフや気分で描き方を少しずつ変えています。そのため、制作途中で新たな発見や問題点が見えてきて、新鮮な気持ちで描き進めることができます。


ご自宅に飾られた絵と、福島さんの愛猫「にゃんたろう」ちゃん

風景ではなく、人物や動物なども描いたりしますか。

風景以外に、実験的に自分の興味があるものを描いたりしています。最近はうちの猫の絵を描いたりしています。


福島沙由美「夜光浮遊」45,100円

藝大を目指したきっかけを教えてください。

もともと絵を描くのが好きではなく、小学校での写生大会の絵は提出せずに捨てていました。しかし小学校4年生の頃、図工の授業で「靴」の絵を描きなさいという課題が出て、その絵を描いたとき絵を描くことが好きになりました。その時学校へ履いて行った靴が、デパートで親に好きな靴を買っていいと言われ、自分で選んだお気に入りの靴だったからです。そこで私はテーマが決められた絵を描かされるのは好きではなく、自分の好きなものを描くのは楽しいと気づいたのです。そして中学生になると、ただ絵を描くのが好きだという理由で漠然と藝大に行きたいと思うようになり、高校生に入っていろいろと藝大について調べてみると、藝大に入りたい研究室を見つけたのです。そこでまずは学部受験からだと思って藝大に入ったのですが、残念ながらその教授は退官されていました。

学部生のときに大きな賞で大賞を2回獲られましたが、大学生活はどのようなものでしたか。

2008年の学部3年の時に上野の森美術館大賞展とトーキョーワンダーウォールで共に大賞をいただきました。そのおかげでたくさん個展を開催することができたのですが、常に展示や制作に追われてとても忙しく、個展が終わっても2ヶ月後にはまた別の個展があったりと、毎月どこかで展示をしていましたね。しかも個展のいくつかは各賞が機会を与えてくれたものなのですが、すでに展示スケジュールが決められていたので、受賞者はスケジュールを自分で調節することもできませんでした。とりあえず目の前にある制作や個展をこなすのに精一杯で、何度か体調を崩して倒れたことを覚えています。だから、あまり友だちと遊んだり、どこかへ行ったりという典型的な大学生らしい生活は送れませんでしたね。その後修士課程修了後の2012年にスイスのチューリッヒ芸術大学の大学院に留学したのですが、周りの学生はほとんど制作をしないし、休みを存分に楽しむ人しかいなかったので衝撃を受けました。しかしそのおかげで制作する時間、休む時間のオンオフの調整ができるようになり、その限られた時間をより集中して取り組めるようになりました。


福島沙由美「水中散歩」45,100円

スイスからドイツへと移住されるきっかけはなんだったのでしょうか。またドイツでの暮らしについても教えてください。

スイスに留学したのがきっかけで、ヨーロッパ生活がスタートしました。大学院修了後そのままスイスに残ろうかなとも思ったのですが、スイスにはアーティストビザがなかったので、アーティストビザがあるドイツへ行ってみようと思い、ドイツに移住することになったんです。またドイツには、藝大の学部時代に5年に一度開かれる国際美術展「ドクメンタ」を訪れたことがあり、それがきっかけで興味を持っていました。そしてドイツで無事にアーティストビザを取得し、展示などもしていたのですが、ドイツ人と結婚したのでそのままドイツに移住することになりました。制作はコロナ禍なので共同アトリエなどは借りず、自宅の一室をアトリエとして使っています。


ドイツのご自宅アトリエでの制作の様子

新型コロナウイルスでいろいろなことがこれまでと大きく変わってしまいましたが、コロナ禍で制作や作品、生活で大きく変わったことはありましたか。

ドイツでコロナ禍を過ごしているのですが、ロックダウン中は夫が買い物をすべて引き受けてくれたので、ほとんど外出しませんでした。いつ終息するのか先が見えない中、不安に駆られていましたが、愛猫たちの家を作ったり、おもちゃを作って猫と遊んで癒されていました。また、レストランへも行けなかったので、夫と交互にいろいろな国の料理を作りするなど、家の中で楽しめる時間をつくっていましたね。さまざまな制限がある中、「できないことについて悩むより、今この状況で楽しめることはないか」と考えるようになったんです。幸い自宅にアトリエがあるため、制作しやすい環境で絵に向かうこともできました。そこで今まで以上に「どのような作品制作をしたいのか」を考えるようになり、より絵の中に入り込むような制作ができるようになってきました。このような感覚を忘れぬよう、今後の制作に励みたいと思っています。

●福島沙由美プロフィール

1982 東京都生まれ
2012 東京藝術大学大学院美術研究科絵画専攻油画修士課程 修了
2015 Zurich University of the Arts Master of Arts in Fine Art 修了

【主な展示】

2020 “なんでもない日ばんざい!” 上野の森美術館, 東京
2017 “YIA ART FAIR”Basel Art Center, Switzerland
2016 “der Anfang der Erinnerung” Galerie zur Matze, Switzerland
“Balade en images”Riddes, Switzerland

【受賞歴】

2008 第26回上野の森美術館大賞展 大賞
トーキョーワンダーウォール公募2008 大賞

「The Prize Show―藝大アートプラザ大賞受賞者招待展―」
会期:2021年8月28日 (土) - 10月3日 (日)
営業時間:11:00 - 18:00
休業日:8月30日(月)、9月2日(木)、6日(月)、13日(月)、21日(火)、27日(月)
入場無料


取材・文/糸瀬ふみ 撮影/五十嵐美弥(小学館)

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