上野公園の桜はいつから?歴史や見どころを解説

ライター
山見美穂子
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春の上野は、そわそわと開花前線と天気予報とを見比べて訪れる人、人、人であふれます。人波なんて、目に入っても見えていません。目当ては、花といえばの桜です。

上野の桜、その歴史は寛永寺からはじまった

上野が桜で有名になったのは江戸時代、現在の上野公園がある高台に東叡山寛永寺(とうえいざんかんえいじ)という寺が開かれてからのこと。桜の名所として古くから知られる奈良の吉野山からわざわざ苗木を取り寄せて、境内に植えられたのがはじまりといわれています。

苗木が成長するとともに、寛永寺の桜は江戸っ子たちの間で評判に。1827(文政10)年に発行されたガイドブック『江戸名所花暦』には、江戸で一番の花(桜)の名所は東叡山(寛永寺)と紹介されました。

『江戸名所花暦. 巻之1』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

種々様々、3月上旬~4下旬まで見頃が続く

桜といえば、学校などによく植えられているソメイヨシノがおなじみです。上野公園にも大噴水近くのさくら通りや不忍池(しのばずのいけ)、上野東照宮の手前などにソメイヨシノの並木があり、見事な景色を作っています。

でも実は、上野で楽しめる桜の種類は、ほかにもいろいろあるのです。

春一番に紅色のつぼみをつけて、小ぶりの花を咲かせる彼岸桜。若草色のやわらかな葉とともに、清楚な白い花をつける山桜。一重の桜が散った後で、大輪の花をこぼれそうにしている八重桜……。

上野公園には50種類以上の桜の木があり、2月下旬~3月上旬に咲く寒桜系から、4月下旬にゆっくりと咲く里桜系まで、春のあいだ休むことなく見頃を迎えていきます。

「忙しくて桜を眺める暇がなかった」
「花の見頃に雨に降られた」

そんなこんなで4月が終わりそうでも、上野へ足を運べばもしかしたら、まだ花をつけている桜に出会えるかもしれません。

『東都花暦 上野清水之桜』 著者:渓斎 (国立国会図書館デジタルコレクションより)

どんちゃん騒ぎの花見ブームは上野から!?

花見の歴史は古く、農村では春の訪れとともに村人たちが遊山にでかけて、飲食をするならわしがありました。これには農作業をはじめる前の儀式的な意味があったと考えられています。
また平安時代の貴族、戦国時代の武士も桜の下で宴をしたと古い読み物などに記されています。

江戸時代になると桜の近くに敷物を広げて幕を張り、飲めや歌えの宴会をする花見が庶民の間で大流行。その先駆けとなったのが上野でした。
1682(天和2)年に戸田茂睡(とだもすい)が書いた『紫の一本(むらさきのひともと)』は、登場人物が名所を訪ねるというスタイルで書かれた江戸のガイドブック。花見で大にぎわいの上野のようすが、こんなふうに記されています。


東叡山、黒門より仁王門の並木の桜の下には花見衆なし、東照宮のお宮の脇後松山の内清水の後、幕はしらかして見る人多し。幕の多きときは三百余あり、少なきときは二百余あり(中略)毛せん花むしろ敷きて酒飲むなり(中略)小唄浄瑠璃踊仕舞は咎むることなし……
『紫の一本』より

上着の小袖や羽織を弁当をまとめていた紐に通して仮の幕にしていたり、団体様がぞろぞろとやってきてお稽古事の発表会をしていたり。花の盛りには四方から人が集まって、身動きが取れないほどの混雑だったといいます。

ただし当時は寛永寺の門が夜になると閉められたので、上野の花見は明け方から夕暮れ時までのお楽しみでした。意外と健全だったのか、どうなのでしょうか。

桜並木だけじゃない、一本桜も要チェック

『紫の一本』に寛永寺の中でも花見客が多い場所と書かれている清水というのは、不忍池を望む高台にある清水観音堂のこと。近くには秋色桜(しゅうしきざくら)という有名な枝垂桜の木があります。

秋色桜

「井のはたの 桜あふなし 酒のよい」
元禄時代(1688~1703)にお秋という13歳の少女が上野へ花見に来て、枝垂桜の近くにある井戸のあたりでふらふらとしている酔客を見て、この句を詠んだそう。
お秋がのちに秋色女(しゅうしきじょ)という名の俳人になったことにちなんで、「秋色桜」と呼ばれるようになったと伝えられています。

講談『秋色桜』では、お秋が句を紙に書きつけて桜の枝に結び、それが寛永寺の住職をしていた皇族出身の輪王寺宮(りんのうじのみや)の目にとまって、お秋と宮様の交流へとつながっていきます。

『江戸の花名勝会 わ 八番組 沢村田之助/上野清水秋色桜/上野』(国立国会図書館デジタルコレクションより)

桜といえば並木をイメージするようになったのは、ソメイヨシノが広まった江戸時代後半~明治時代になってからのこと。それまでは大木や古木、おもしろい伝説のある木などの一本桜を鑑賞するのが人気でした。

上野公園には「秋色桜」のほかにも、思わず足を止めて眺めたくなるような桜の木がたくさんあります。
たとえば、東京文化会館と国立西洋美術館の間にある「園里黄桜(そのさときざくら)」は、珍しい黄緑色の花をつける八重桜。
噴水広場の横には新しく発見されて2022年に名前が付けられたばかりの「上野白雪枝垂(うえのしらゆきしだれ)」や、上野の桜が吉野山から移植されたことにちなんで、上野公園開園130年記念に植えられた「吉野の山桜」があります。
輪王寺両太子堂の境内にある「御車(みくるま)返し」は、その美しさに天皇が牛車を戻させて眺めたという伝承から、名前がついた品種です。

個性豊かな上野の桜に引き寄せられて、もしかしたらお秋と宮様のように誰かと誰かが近づいたり、心を通わせたり。花の下では数えきれないほどの物語が紡がれてきたのかもしれません。
新型コロナの影響もあり、大勢で集まるようなお花見は難しい状況が続いています。それでも春になれば、花は変わらぬ美しさでわたしたちの心を躍らせてくれます。

アイキャッチ:『上野の花』 著者:豊国 (国立国会図書館デジタルコレクションより)

参考書籍:
新訂江戸名所花暦(筑摩書房)
台東区史 通史編Ⅱ上巻(東京都台東区)
東京史跡ガイド6 台東区史跡散歩(学生社)
日本国語大辞典(小学館)
日本大百科全書(小学館)

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