上野駅に猪熊弦一郎の作品が設置されている理由は?中央改札口の壁画の魅力を探る

ライター
浮世離れマスターズつあお&まいこ
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JR上野駅の中央改札口でIC乗車券などをかざして改札を通る前にふと上を見上げると、屋根の形に沿って描かれた大きな壁画が目に入ってきます。今から70年ほど前に、気鋭の画家として知られた猪熊弦一郎が描いた作品です。つぶさに見ていくと、人間あり動物ありとさまざまなモチーフが描かれており、なぜ、こんな壁画が上野駅に? という素朴な思いが湧いてきます。そして、この壁画をまじまじと見始めたつあおとまいこの二人は、それぞれが思い思いの感想を口にし始めました。

えっ? つあおとまいこって誰だって? 美術記者歴◯△年のつあおこと小川敦生がぶっ飛び系アートラバーで美術家の応援に熱心なまいここと菊池麻衣子と美術作品を見ながら話しているうちに悦楽のゆるふわトークに目覚め、「浮世離れマスターズ」を結成。さて今日はどんなトークが展開するのでしょうか。

猪熊弦一郎 プロフィール

1902年 香川県高松市生まれ。少年時代を香川県で過ごす。
1922年 東京美術学校(現 東京藝術大学)に進学。藤島武二教室で学ぶ。
1926年 帝国美術院第7回美術展覧会に初入選。
1936年 新制作派協会(現 新制作協会)を結成。
1938年 フランスに遊学(1940年まで)。アンリ・マティスに学ぶ。
1951年 国鉄上野駅(現 JR東日本上野駅)の大壁画《自由》を制作。
1955年 再度パリでの勉学を目指し日本を発つが、途中滞在したニューヨークに惹かれそのまま留まることとし、約20年間同地で制作する。
1973年 日本に一時帰国中、病に倒れる。
1975年 ニューヨークのアトリエを引き払う。その後、冬の間をハワイで、その他の季節は東京で制作するようになる。
1991年 丸亀市猪熊弦一郎現代美術館開館。
1993年 東京にて死去。90歳。
丸亀市猪熊弦一郎現代美術館のウェブサイトより抜粋)

スキーヤーもいれば裸婦もいる「自由」な壁画

猪熊弦一郎『自由』(1951年)が設置されているJR東京上野駅中央改札口
壁画は1984年と2002年に修復が行われている。

つあお:今日の主役は東京藝大出身の画家、猪熊弦一郎です。まいこさんは、上野駅に猪熊の壁画があることをご存じでしたか?

まいこ:全然気づいていませんでした。

つあお:やっぱり普通はそうですよね。電車に乗る時って、駅の建物に入ったら改札まっしぐらですもんね。

まいこ:はい! 駅では人混みを掻き分けてすごい形相でまずは改札を突破することだけを考えています。

つあお:まいこさんの形相が目に浮かんじゃった。。。かくいうたわくし(=「私」を意味するつあお語)も、同じようなもんだと思います。っていうか、無意識のうちに改札を通過しているかも。

まいこ:無表情で改札をすり抜けるつあおさん!

つあお:でも、時間の流れをちょっと止めてふと見上げるとこんな壁画があるなんて、結構素敵なことじゃないですかね。

まいこ:本当にびっくりしました。何百回も通過している駅の改札にこんな絵があるなんて!

つあお:それでね、じっくり見ると、この絵、結構変わってるなって思いません?

まいこ:ちょっと切り絵みたいな感じがします。

つあお:そうなんですよ。青い背景に、ペタっとした人間とか動物とかが描かれてる。

まいこ:しかも人間や動物は、いろいろな場面から自由に切り取られてコラージュされているみたいです。

つあお:ひょっとしたら、かつて上野駅に集まってきた人たちとか動物たちなのかな?

まいこ:なるほど。でも、駅に動物がこんなにいるのは不思議です(笑)。左端には、スキーを持ってきた人たちがいますね!

つあお:きっと上野駅からスキーに行く人たちを描いたんでしょうね。 新幹線がなかった頃、東京から上越や東北方面にスキーに行こうと思ったら、起点は上野駅だったはずですよ!

まいこ:そうかと思うと、水辺で水浴している裸婦がいる。

つあお:わぁ! さすがに上野駅に裸婦がいたことはなかったと思いますが…これはひょっとしてひょっとすると、ヴィーナスを描いているんじゃないですか!

まいこ:わーお! 女神ヴィーナス! 着物の上に横たわっているから日本バージョンですね。

つあお:猪熊弦一郎が上野駅にこの壁画を描いたのは1950年代。その頃の上野駅は東京の北の玄関口だったから、女神が駅に来る人を迎え入れたり、北に旅立つ人々を見送ったりしたのかも!

まいこ:そうか、人々も神々も動物たちも、みんなここから出発したのですね!

しっぽがカールして機嫌がよさそうな犬たち

つあお:おお、壮大な物語の始まりのよう! でも、そう考えると、この絵に動物たちが多いのも納得できます。まいこさんの大好きな犬君もいますよ。

まいこ:うれしい! クロとブチの2匹がいる、壁画の真ん中に!

つあお:しかも、2匹は仲がよさそう!

まいこ:本当ですね! しっぽがくるっと上にカールしてる。機嫌もいいんだと思います。

つあお:さすがまいこさん! 犬の気持ちがよくわかってるなぁ。

まいこ:犬の気持ちはまかせてください。そうかと思うとその上のほうには、馬が3頭いますね。

つあお:馬たちもなんとなく機嫌がよさそうだなぁ。

まいこ:何か遊んでいるみたい。背中からすっころんでいる馬もいますね!

つあお:寝転がって遊んでいるのかも。

マティスに学んだ猪熊さん

まいこ:なんかほのぼのしてる。右端のほうにいる木こりたちも気になります。

つあお:東北の山の中に向かっているんですかね。この木こり、ノコギリがそばに置かれていてめちゃくちゃリアリティーがあるんだけど、実はすごくくつろいでますね。

まいこ:お弁当の時間なのかな?

つあお:そうだ、ここは駅だった! やっぱりお弁当かもしれません。

まいこ:その隣の男女も同じ野原に座ってるみたい。エドゥアール・マネの『草上の昼食』(オルセー美術館蔵)を思い出します。

つあお:あはは。座り方は似ているけど、紳士と裸婦を並べて描いたスキャンダラスなマネの絵よりはずいぶん健全ですね。ここに描かれている人々って、きっとてんでバラバラなんでしょうね。やっぱり駅だから、いろんな人たちが集まってきている。

まいこ:そうですね。洗濯女までいるし。

つあお:おお、昔は洗濯物を汽車で運んでたのかな。

まいこ:籠(かご)で運んで桶(おけ)で手洗いしてるみたいな時代かなぁ。

つあお:でも洋服はみんなモダンな感じがする。やっぱり東京は都会だったんだなと思います。

まいこ:ですね! 女性たちの顔がアンリ・マティスやパブロ・ピカソが描いたみたいな顔になってるのも面白いです。

つあお:鋭い。猪熊さんはフランスでマティスに直接絵を学んでいます。ほかにも西洋の画家からいっぱい刺激を受けてますから、なんとなくのりうつったりもしているのかもしれませんね。

まいこ:いろいろな要素があって、これから旅する人たちの期待が膨らみそう! 今見ても楽しい絵ですね!

つあお:そもそもタイトルが「自由」だし。見るたわくしたちも、勝手気まま、自由にいろんな思いを羽ばたかせたくなりますね!

猪熊弦一郎『自由』について

丸亀市猪熊弦一郎現代美術館の古野華奈子学芸員によると、広告代理店の小林利雄という青年が、駅の暗いイメージを変えようと広告壁画を国鉄(現・JR)に提案、3年がかりで許可を得て、1951年、猪熊にこの壁画の制作を依頼したのだそうです。猪熊は、この壁画を描いたことにまつわる内容の「上野駅の壁画について」という文章を、「美術手帖」1952年2月号に寄稿しました。次のような言葉から始めています。

 上野駅というところは、東京の中で一番気の毒で不幸せな世相を反映して、家のない浮浪者、身寄のない引揚者、堕落していく子女といった人達の暗い世界をそのまま見せているようです。目にふれる壁画の新鮮で明るい色彩や単純な形によって、毎日この駅を通る大勢の人達の生活に、希望と喜びを与えたいと考えながら着手したのです。題は「自由」ということにしました。

描いた1951年は、第二次大戦終戦から6年後。まだ混沌とした時期だったようです。東北方面からの鉄道の終点である上野駅に、集団就職のために若者たちが専用列車でやってきたのは、おそらくこの少し後です。駅で企業の就職担当者を待っている間に、ふと見上げて壁画に目を止めた人々もいたのではないでしょうか。どのくらいの若者たちが見上げたかはわかりませんが、壁画には混沌とした上野駅が希望に満ちた上野駅に変わるようにという猪熊の願いが込められていたのです。その壁画が今でも残っているというのは、実に感慨深いことです。

猪熊はまた、壁画は「(描くのに)建築的な頭がなければならない」ということを認識し、画材なども熟慮して選んでいます。外気に触れてもできるだけ長く耐えるように工夫して描いたのです。今もなお、明るく希望を感じさせるこの壁画を、次に上野駅の中央改札を通った折に見上げてみてはいかがでしょうか。(by つあお)

つあおのラクガキ

浮世離れマスターズは、Gyoemon(つあおの雅号)が作品からインスピレーションを得たラクガキを載せることで、さらなる浮世離れを図っております。

Gyoemon『INOKUMA』

「猪熊」という名字、なかなかインパクトがありますよね。イノシシとクマが協力すれば、向かうところ敵なし! と思いつつ、なんだかかわいくなってしまいました。

参考文献

猪熊弦一郎「上野駅の壁画について」(「美術手帖」1952年2月号)


協力:丸亀市猪熊弦一郎現代美術館

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