あなたは「イケメン日本画」をご存じだろうか。立派な、この図屏風……
よく見ると現代のイケメンが描かれている。しかも農作業中!この作品を描いたのは、木村了子さん。椎名林檎や坂本冬美の作品にも絵を提供する売れっ子作家だ。東京藝術大学の出身で、西洋画を学んだそう。しかし今は、日本画の手法で現代のイケメンを描いている。木村さんが描く男性は美しい顔なのに、よく見るとじわじわ笑いがこみあげる。この独特のおかしみはどこから来るのか……日本美術史の研究者に聞いてみた。また、記事の後半では木村さんご本人も登場! なぜ油絵から日本画に転向したのか、涙と笑いあふれる経緯をきいた。お二人に話を伺うと、日本美術の歴史にもいろいろな「男女問題」があったことが判明。そんな件も含め、ぜひお読みいただきたい。
尚、聞き手はオフィスの給湯室で抹茶をたてる「給湯流茶道(きゅうとうりゅうさどう)」。「給湯流」と表記させていただく。
昔は、絵を注文するのが男性ばかりだった!?
まずは、日本の絵画を研究する川西由里さんにインタビュー。川西さんは島根県立石見美術館の学芸員だ。江戸時代の浮世絵から現代アートまで、さらに漫画などに描かれた男性像を集めた展覧会『美男におわす』を企画したチームのうちのお一人。この展覧会は日本美術とジェンダーを同時に考えられる興味深い展覧会だった! 会期は終了したが図録はネットでも買えるので、みなさんもぜひお手に取ってほしい。
給湯流茶道(以下、給湯流):木村さんの作品はどれもユーモアがにじみ出ていると思います。なぜおもしろいのか理由を深堀りしたいです。今日はぜひ教えてください!川西さん(以下、川西)日本には400年つづく「美人画」という女性の絵のジャンルがあるんです。ざっくりいうと、木村さんは美人画の主役である女性を、男性に置き換えて描くところが魅力なんだと思います。
給湯流: びじんが!? いったいどんなジャンルなんですか?
川西: 平安時代などは、物語や宗教の絵が多かったんです。
給湯流: 聖徳太子の一生を描く絵巻とか、仏画とかですね!
川西: そうです。でも室町時代の終わり頃から、風俗画と呼ばれるジャンルがうまれました。物語や宗教じゃなくて、当時生きている人たちの街の様子を描くものです。
給湯流: 有名なものだと『洛中洛外図屏風(らくちゅうらくがい・ずびょうぶ)』みたいなもののことですか? スタンドでお茶を売っている人とか、見世物のサルに脅かされるおじさんとかが描かれている、楽しいやつだ。
川西: そうそう。風俗画のなかには、遊女とお酒をのむ男性なども登場しました。次第に、町の風景から女性だけが切り出されて描かれるようになったんですね。そういった絵がやがて「美人画」と呼ばれるようになりました。 給湯流: 女性の絵ばかりが、売れるようになったのか。なぜでしょう?川西: 江戸時代以前に、絵を注文できる自由とお金を持っていたのは、主に男性だったんです。男性に需要があるのは、華やかな女性の絵。だから美人画が盛り上がっていったんです。
給湯流: なるほど! おじさんが、わざわざおじさんの絵を注文するってなかなかないですもんね。
川西: 戦国時代までは、お金持ちが絵師に注文して1点ものをつくってもらうのが主流だった。だから男性の需要に偏った作品が多いんです。江戸時代に版画で浮世絵が大量生産されるようになると、女性でもちょっとしたおこづかいで買えるようになった。だから江戸時代の安価な浮世絵には、男の歌舞伎役者の絵なども出てきます。
給湯流: 江戸時代になって、やっと女性も自由にイケメンのブロマイドが買えるようになったんですね。それまでは絵画にも男女格差が大きくあったんだなあ。
美人画にもとめられたのは、無防備な女性
川西: 戦国時代、男性が男性の絵を発注することもありました。武家の肖像画です。でも家の権威を示すために描かれたものなので、楽しんで鑑賞するものではありません。ご先祖、代々の主君をあがめて、見上げる存在です。
給湯流: たしかに! 歴史の教科書で見た信長や秀吉の絵も、ずんぐりむっくり偉そうに座ってる感じだ。鑑賞して「エモい!」とかいうジャンルではなかったんですね。
川西: 武士がご先祖様の絵を見たら、緊張してしまうでしょう。一方、美人画には、くつろぐために鑑賞したいという需要があったんですね。美人画で恐怖感を与えてはいけない。だから美人画のポイントは、女性がプライベートな時間を過ごす、だったんです。おしゃれな女性の無防備な様子を見てニヤニヤする。ある意味、のぞき見趣味だとも言えます(笑)給湯流: その需要、わかります!私は男性アイドルオタクなんですが……オフィシャルなCDジャケットの写真よりも、休憩時間に居眠りしてるアイドルが撮られたオフショットを見る方がぐっときます。
川西: そうなんですね(笑) 美人画によくあるシーンとして、お化粧中の場面やお風呂あがりがあります。木村了子さんはそういう美人画を男性に置き換えパロディーにするのが、テーマの1つなんです。
昔の日本では、男の筋肉を描くことに需要がなかった!?
川西: さらに、木村さんが男の筋肉を細かく描くところが、日本画としては珍しいんです。
給湯流: と言いますと?
川西: 近代以前の日本絵画では、男性の筋肉を描くことに興味がありませんでした。光源氏とか在原業平(ありわらのなりひら)とか、色白でもち肌の男性が好まれていたんです。
給湯流: なるほど。高貴な男性は外で力仕事をしなくていい。やんごとなき男性に憧れたということですね。 江戸時代まで、爆モテ・お金持ちイケメンはぽっちゃり色白だったのか! 今は雑誌で男性アイドルが腹筋の割れた半裸の写真を載せたりしますが、昔は需要がなかったんだ。
川西: 春画も、全裸で描かれることは少なかった。局部は大きく描きますけど(笑)、裸体よりもどんな柄の着物を着ているのかに注力して描かれています。江戸時代まで、センスやふるまいで色男を定義していたんです。
給湯流: ヨーロッパは筋肉ムキムキの彫刻とか多いですけど……。川西: 西洋は、ギリシャ彫刻の影響で古くから男性の肉体美を表現する文化がありました。もちろん日本でも金剛力士像などが筋肉を表現していますが、正確にはあの像は人間ではないですから。日本美術では男性の筋肉を描かなかったんです。でも木村さんは敢えて男性の筋肉、ふくらはぎの細かい筋まで描きこむ。だから面白いんです。
給湯流: ぽっちゃり色白の光源氏の絵巻物なんかを見慣れた人にとって、バキバキの腹筋やわき毛ボーボーの木村さんの絵はいい意味でぎょっとする。そこから、じわじわと笑いが起こる流れがあるんですね!
日本美術の特徴は、敢えて人物の人生を描かない明るさと笑い!?
給湯流: 無防備な女性を描いてきた美人画の手法で、男女を入れ替える「イケメン日本画」。木村さんは男女格差をテーマの1つにしている、といえますよね。ジェンダーをテーマにした現代美術の作品は、深刻、辛辣などといったイメージで、重たい印象がありました。しかし、木村さんの絵はあっけらかんとして明るく、異彩を放っている気もします。
川西: 明るさは、浮世絵の特徴だとも言えます。西洋画には悲劇的なものや深刻なものが多い。ですが浮世絵では、人物の人生や背景を描かないんですね。現世肯定、今そこにいる人物が楽しそうという感じ。
給湯流: イケメンが、今なう楽しい(笑)。そうか、日本の絵画って現世を肯定してるのか。自分の話で恐縮ですが、もともとは現代美術に興味があったんです。でも難しい批評も理解しなくちゃいけないと、勝手にプレッシャーを感じて辛くなった時期がありました……。 そんなときに伊藤若冲や狩野派などに出会って、明るい、楽しい、スカッとする雰囲気にびっくりしたんです。そこから一気に日本美術のファンになりました。
川西: 木村さんは、日本美術をかなり詳しく調べておられますからね。単なる技法だけでなく、日本画の影のない明るさも取り入れてると思います。給湯流: なるほど。木村さんの「イケメン日本画」について、いろいろな要素がわかりました。ありがとうございました!
木村了子さんにインタビュー。「藝大生の頃は女性モデルしか描かなかった」
では、いよいよ木村了子さんご本人に登場していただこう! どうやって「イケメン日本画」を誕生させたのか、様々な経緯を聞いてみた。
木村さん(以下、木村): 東京藝術大学に入ってみると、自分より絵が上手い人がたくさんいるんですよ。それで絵はあまり描かなくなって、インスタレーションやステンドグラスを制作しました。大学を卒業した後は、編集者をしていたんです。
給湯流: 木村さんは、ご自身の作品を解説する文章がわかりやすくて面白い! 編集者のご経験が活かされてたんですね。
木村: 編集を始めた頃は楽しいし、夢中でやってました。でもある日、編集者としてイラストを発注した時に「自分は絵を描く側だったのに、発注する方に回ってしまった」ってムズムズしてきた。それで編集者をしながら、制作の時間をとるようにしたんです。当時は浮世絵のような絵付けステンドグラスを作っていました。
給湯流: 編集の仕事をしながら制作もするって、かなり大変だ!
木村: 編集の仕事を5年ほどしたのち、出産を機に辞めました。そんなとき、絵の仕事が舞い込んだんです。じつは、父が映画監督でして。竹久夢二などの画家が出る映画『およう』を企画したんですね。父といろいろ打ち合わせして登場人物、伊藤晴雨(いとうせいう)が描く日本画の襖絵を描くことになったんです。晴雨には前から興味があって、ステンドグラスで模写をしていたんですよ。
給湯流: ええ! 西洋画しか勉強されてこなかったのにいきなり、ふすまに日本画の筆で絵を描くことに!?木村: 「日本画の描き方」みたいなマニュアル本を見ながら制作しました(笑) 大学で習ったデッサンや西洋画では陰影をつけて立体的に表現しますが、古典的な日本美術では基本的に陰影をつけないので、そのクセを直すのが大変でしたね。襖絵が完成したあと、鉄は熱いうちにってことで、ステンドグラスと日本画の個展を開いたんです。
給湯流: 当初は、女性の日本画を描いていたんですか?
木村: そうですね。というのも30年ほど前は、予備校でも藝大でも授業で絵を描くといえば、ほぼ女性モデルしか来ませんでしたから。人間の絵を描くなら女性、って何も考えずに思っていました。
給湯流: え! 女性モデルのみだったんですか。
木村: デザイン学科や彫刻学科のデッサン授業では男性モデルも描いていたそうです。性別を問わず、人間の骨格や筋肉に詳しくならないといけないから。絵画も同じだと思うんですけど、今思えば不思議ですね。
一部のおじさんたちが、「きみの描く絵は色気がない」と言ってきた……
木村: もともと女性のエロスには憧れがあったんです。匂い立つような色気の中に潜む、たくましさみたいなものを表現したいなと。 それでしばらく、色っぽい女性の日本画を描き続けました。
給湯流: なぜ、そこからイケメン日本画に転向したんですか?
木村: 私の個展に来た数人のおじさんたちから、女性ヌードが描かれた作品と私自身を見て、「これ、きみの体を描いてるの?」とか「君の描く絵には色気がない。色気を出すなら、もっと『私を見て』って感じで描かないと! 自分をさらけ出さないと!」など、ご意見、ご感想をいただいたんですね。
給湯流: うわー! 余計なお世話だ!
木村: いろんな感想を聞いているうちに、モヤモヤしてきて……。自分は誰のための絵を描いているんだろう? このおじさん達に評価されるために絵を描くのか? 違うだろう! と自問自答しました。それで、私の性愛の対象である男性を描いてみようと思ったんです。
給湯流: そんな経緯があったんですね……。
木村: ほとんどのお客さんは純粋に作品が好きで真面目に鑑賞してくれます。でもほんの一部の人たちが絵と本人を同一視して、分別のないことを言ってきたりすることは、ままありました。女性アーティストに「作品買ってあげるから、一緒に飲みに行こう」とか言ってくる方もいたり、今はギャラリーストーカーと呼ばれて敬遠されています。
給湯流: 今はいろいろな業界で#me too運動が起こっていますよね。美術業界にも、そういうセクハラみたいなのがあるのか……。
男性の本質はわからない。だからこそ、男が楽しそうな様子をとことん描ける
木村: そんな経験があって、イケメン日本画を描こうと決意しました。でも、それまでほとんど女性しか描いてなかったので、一度じっくり男性モデルを見て描く練習をしようと思ったんです。男性ヌードモデルの依頼ということで探すのに苦労したんですが、たまたまいい出会いがあり、いざスタート! ということになりました。給湯流: 女性モデルを見てたくさんデッサン練習していても、男性の絵は描けないものなんですねえ。
木村: 当初は、男性モデルに脱いでもらい、いろんなポーズでスケッチしたり、裸体をデジカメで撮ったりして後日資料にしようと軽く考えていたんです。でも、モデルの男性が私の絵になるのを楽しみにしてくれて、「僕をどう料理してくれるんですか?」って聞いてきた。それで、あ、これはちゃんと作品として作りこまないとダメだなと考え直しました。それで、女体盛りならぬ男体盛りを実施、制作したんです。そこから一気に男性を描くのが楽しくなって、「イケメン日本画」しか描かなくなりました(笑)!
給湯流: 木村さんが描くイケメンは、セクシーさ全開というよりはじわじわくるユーモアがあって、日本画特有のおかしみを感じます。
木村: アイドル文化もそうですが、イケメン達が楽しそうにしている様子を見るのって、癒されますよね。私はシスでヘテロの女性で、男性の気持ちや内面、本質を本当に理解して表現するなんてできないと思うんです。だからこそ興味深いし、勝手な妄想でとことん描けるのかもしれませんね。
給湯流: 室町時代からうまれた風俗画や美人画は、現世を肯定し、今を楽しむ人々の様子が描かれていると川西さんに教わりました。そりゃ、人間誰しも悩みや悲しみは抱えている。でも美人画の中で遊女たちはそんな人間の内面は見せずに、華やかに明るく笑って鑑賞者を癒してきた。木村さんの作品も、そんな美人画の歴史をつないでいるんだって感じました。これからも「イケメン日本画」推しで、生きていきます!
島根県立石見美術館
石見出身の若手現代アーティストの2人展
2022年7月2日(土)~8月29日(月)
平川紀道 ・ 野村康生 既知の宇宙|未知なる日常
木村了子
2022年秋の展覧会
2022年9月30日(金)~10月15日(土)「NUDE礼賛ーおとこのからだ」展 DUB GALLERY AKIHABARA